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2018年「大阪メトロ」誕生へ、東京メトロの成功例を実現できるか

ITmedia ビジネスオンライン 8月26日(金)6時56分配信

 鉄道事業は初期投資額が大きく、そのための借金の返済に時間がかかる。トンネルを掘り進む地下鉄では、より投資金額が大きく返済期間も長くなる。従って、よほど儲かる確証がない限り、民間企業には手を出しにくい。日本ではほとんどの地下鉄道が自治体の運営であり、海外の地下鉄も自治体運営または上下分離方式だ。

【大阪市営地下鉄の経営実績】

 しかし、裏を返せば、自治体経営のメリットは資金調達程度とも言える。路線の建設が終わり借金の返済が終わると、事業の運営については民間企業のほうが立ち回りやすい。小泉純一郎内閣時代に提唱された「民間にできることは民間で」は、ほぼ正しい。「ほぼ」と付く理由は、公共事業の中には民間企業に任せるとサービス低下につながる事例もあるからだ。赤字路線の廃止などが好例であろう。

 そうした中、大阪市交通局の地下鉄事業民営化がようやく実現される見通しになった。今まで慎重姿勢だった自民党市議団が「条件付き賛成」の方針を示したからだ。その条件とは、今里筋線延伸など4路線を建設するための基金創設、人事に市が関与するなどという。民間企業にとって地下鉄路線建設は負荷が大きく及び腰になる恐れがある。だから新路線の建設の枠組みを担保してほしいということだ。人事の関与は、民間会社の株を大阪市が100パーセント保有していれば担保される。大阪市が関与し続けるためには、将来の全株売却はできない。

 吉村洋文市長は自民党の意向について対応する姿勢とのこと。地下鉄事業民営化の基本方針案が9月の定例議会で可決し、運営主体移行のために大阪市営地下鉄廃止議案が2017年2月の定例議会で可決した場合、2018年4月に民営化が実施される。商号は「大阪地下鉄株式会社」と仮定されている。東京地下鉄株式会社が「東京メトロ」という愛称となったように、大阪地下鉄株式会社も「大阪メトロ」という愛称になるかもしれない。

●大阪市のメリットは補助金カットと税収

 大阪市にとって地下鉄事業を民営化する利点は、市の財政負担の軽減と税収の増加だ。2011年度、大阪市営地下鉄は167億円の黒字だった。しかしここには大阪市一般会計から104億円の補助金や出資金が含まれている。実質的な黒字額は63億円だ。黒字なのに補助金がいるのかと言うと、建設資金、運転資金のまとまった資金を自治体予算や公営企業債でまかなうからである。

 地下鉄を民営化すれば、さしあたり104億円の一般会計支出はなくなる。そして、民間企業になれば納税の義務が発生する。大阪市は地下鉄会社の固定資産税などを約50億円と見積もっている。また、株式の配当で約25億円を見込む。つまり、今までは104億円の支出、民営化後は75億円の収入となり、合わせて179億円の効果がある。そして、将来、地下鉄会社が上場すれば、大阪市は巨額な売却益を得られる。

 地下鉄事業としては、意思決定のスピードアップが利点だ。公営企業体は自治体からの資金補給がある一方で、議会で決定した市の予算に縛られる。資材の調達や工事の発注については競争入札が基本で、約1カ月の公示期間を含めて発注まで半年以上かかる事例もある。その上、入札にあたっては購入価格のみ審査される。保守費用は加味されないため、同じ用途の機器でも入札のたびに異なるメーカーになり、結果的に保守費用がかさむ。

 旧国鉄のように、付帯事業は鉄道との密接な因果関係が必要となる。また、新規事業を立案したとしても、年度当初に決まった予算の変更は難しい。人事についても大阪市全体の職員バランスの調整が必要となってしまう。

 民間会社では自社の利益を最大にするために行動し、随意契約も増やせる。人事異動も臨機応変に対応可能。ホーム柵やデジタルサイネージの新技術や普及型機器への切り替えも早い。意思決定が早ければ利益が増える。それは株式の配当収入になって大阪市へ還元される。

 つまり、市の直営では制度的に伸び代がない事業でも、民営化すれば活性化される。配当利益や株価の上昇という形で市に還元される。

●最大のメリットは沿線開発と利用者への還元

 現在、大阪市営地下鉄の駅売店はポプラとファミリーマートに委託されている。ポプラは中央線の北側でテナント料は年間約1億6400万円、ファミリーマートは中央線の南側でテナント料は年間約2億5600万円だ。2012年にコンビニに切り替える前は、大阪市交通局の外郭団体「大阪メトロサービス」が一括契約しており、テナント料は年間約7000万円だった。テナントの切り替えで約5倍の収入になった。しかも利用者にとってサービスは大幅に向上した。

 駅ナカビジネスの取り組みも始まっている。2013年から御堂筋線天王寺駅、なんば駅、2014年から梅田駅で「ekimo」を展開している。東急不動産の商業施設運営と南海商事の小売事業による協業だ。事業の発表は2011年で、大阪市交通局の2011年度予算に組み込まれていた。予算案は2010年内に作成されているから、2013年の開業まで3年かかっている。新しい取り組みでも実現まで3年。これはスピーディとは言えない。民間会社なら、用地転用手続きや改装予算、事業者決定までもっと短い期間で実現できる。

 これらの小売り事業は鉄道の付帯事業としてギリギリの範囲内だ。大阪市の運営でも可能である。しかし、民間企業になれば可能性は広がる。

 例えば、東京メトロはグループ企業でEchika、メトロピア、メトロエム、ベルビー赤坂などの商業施設を展開している。民営化の象徴的な物件としては2008年完成の青山エムズタワーがある。地上25階建ての高層ビルで、ホテル、住居、商業施設が入居している。敷地は営団地下鉄時代に作られた青山メトロ会館という福利厚生施設だった。民営化によって不動産、商業に積極的に進出できるようになり、福利厚生施設の土地に収益源の複合ビルが建った。ほかにゴルフ練習場も経営しており、事業範囲は地下から地上に広がっている。こうした事業が大阪地下鉄会社でも可能になる。

 このように、地下鉄会社が収益を得やすくなれば、利用者にも還元される。大阪市営地下鉄は初乗り運賃が200円で、他社より高い。しかし2014年に初乗り運賃の10円値下げを実施した。消費税増税を加味すれば、実質20円の値下げとなった。2015年には短距離区間の運賃区分を細分化し、一部区間でさらに値下げとなった。地域内の他社路線との競争力を高めたほか、値下げをきっかけに増収対策を検討している。

 その一例が最終電車の繰り下げだ。従来は保守時間の必要性から、他社に比べて最終電車が30~40分も早かった。しかし、2013年から回送電車を営業化するなどの工夫で10~30分の延長を実施した。民間企業になれば、乗務員のシフトの工夫、最新式の保守機材の導入などで、さらに改善できるかもしれない。

●懸念は「子会社のバス事業」

 ここまで、大阪市の地下鉄事業民営化は良いことばかりのような気がする。しかし、あえて懸念を指摘すると、大阪市交通局の「バス事業」の処遇が気になる。

 実は、好調な地下鉄事業の民営化と合わせて、バス事業の民営化も検討されている。バス事業は公共サービスの理念を優先したため赤字体質であり、1983年から29年連続赤字という状況だ。赤字になってからは大阪市一般会計からの補助を受けており、2008年から2012年までは地下鉄事業から総額249億円もの財政支援を受けていた。

 赤字路線の整理や営業所の委託によって、2013年に経常黒字化したとはいえ、既に500億円以上の累積欠損金があった。起死回生を狙って住之江車庫用地に地上19階建ての複合ビル「オスカードリーム」を建設したものの事業は失敗。この物件は大阪市の所有地を30年の期限でみずほ信託銀行に信託しており、総額約261億円の配当金を得られるはずだった。しかし、事業に行き詰まったため、みずほ信託銀行が大阪地方裁判所に約275億円の費用補償請求を申し立てた。大阪市は反訴したが、判決はみずほ信託銀行の請求を認めた。その結果、累積欠損金は約800億円に膨れ上がった。「地方公共団体の財政の健全化に関する法律」によって、バス事業は経営健全化団体となってしまった。

 その経営健全化のプランとして、バス事業の民営化が検討された。具体的には、大阪市交通局が出資し、市営バスの一部区間の運行を受託する大阪シティバスに事業を譲渡するという枠組みだ。つまり、地下鉄は経営が好調なため民営化、バスは経営破綻の脱却のための民営化である。同じ民営化でも意味が違う。

 そして、バス事業の民営化にあたり、株主は地下鉄会社になった。具体的には、営業所用地、バスの車両などは地下鉄会社の保有とし、大阪シティバスに賃貸する。事業の改善の状況を見て、大阪シティバスの自己資本に切り替える。また、大阪シティバスが資金調達する場合に地下鉄会社の保証を得る。

 つまり、地下鉄会社はバス会社が使う資産について固定資産税を負担しなくてはいけない。賃貸収入はあるかもしれないが、赤字であれば取り立ては難しい。なにしろバス会社は地下鉄会社の子会社である。ここが大阪地下鉄と東京メトロの大きな違いだ。東京メトロは地下鉄事業に専念できる。大阪地下鉄はバス子会社という泣き所がある。実態として、民営化以前の、地下鉄からの財政支援という枠組みは変わらない。このままだと、将来の地下鉄会社の上場にも影響するだろう。

 大阪の地下鉄民営化は期待できるところが多い。しかしバス事業はどうなるか。地下鉄との乗り継ぎ割引など相乗効果があればいいが、赤字路線切り捨て、老朽車両による故障頻発など、民間会社の負の面が出ないように、慎重に議論してもらいたい。

(杉山淳一)

最終更新:8月26日(金)6時56分

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