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堀井雄二氏が考えるゲームデザイナーに必要な3要素は……発想力、忍耐、そして捨てる勇気!【CEDEC 2016】

ファミ通.com 8月26日(金)19時7分配信

文・取材:編集部 ブラボー!秋山、撮影:カメラマン 永山亘

●『ドラゴンクエスト』30周年を駆け足で振り返る濃密な80分
 2016年8月24日~26日の3日間、パシフィコ横浜で開催されている、日本最大級のコンピュータエンターテインメント開発者向けカンファレンス“CEDEC 2016”。3日目の基調講演は、“ドラゴンクエストへの道 ~ドラゴンクエスト30周年を迎えて~”。登壇者に、堀井雄二氏(ゲームデザイナー)と齊藤陽介氏(スクウェア・エニックス)を迎え、多くの聴衆の注目を集めたこの基調講演の模様をお届けしよう。

 『ドラゴンクエスト』30周年を迎えた2016年。それを記念して、今回の基調講演では、“いまだからこそ聞きたいドラゴンクエストの開発にまつわる話”をテーマに、事前に公募した多くの質問に、堀井・齊藤両氏が答える形式でのセッションとなった。メインホールで行われたこの基調講演だが、開場30分前にはすでに満席となる盛況ぶり。さすが国民的RPG『ドラゴンクエスト』と言ったところか。

●知っているようで知らない!? 堀井氏の深~い経歴
 基調講演の冒頭は、堀井雄二氏がゲームデザイナーに至るまでの経歴について。
 小さいころからゲームが大好きだったという堀井少年は、『スマートボール』(いまでも温泉街などで見かける、ピンボールのような遊技機)を工夫して、独自のゲーム台を作ったり、麻雀牌を利用したすごろくのようなルールのゲームを作っていたという。また、堀井氏が漫画家志望だったことは有名だが、「子どものころになりたかった職業は弁護士」と言う発言には、齊藤氏も「それは初耳でした」と驚いていた。
 そして高校3年の夏休み、マンガ原稿を持って上京し、某漫画家の自宅を訪ねた堀井氏。しかし、自信作に対する先生の反応がイマイチで、「これはダメだな」と思ったものの、その後大学に進学し、漫画研究会に入ることとなった。漫研の先輩に編集者がいた関係で、フリーライターとして活動していたころは、なんと『セブンティーン』の記事を書いたこともあったそうだ。

 そのころの堀井氏は、「このままライターで食べていけるな」と思っていたのだが、ある日転機が訪れた。忘れもしない27歳のとき、テレビに接続できて、約10万円のパソコン“PC-6001”を購入。触りながら徐々に覚えていき、こうして、プログラムから自作ゲームの開発へとのめり込んでいったわけだ。最初に作ったのは、占いのソフト。占う人が決まっていたので、前もってその人の情報を入れておいたところ、よく当たるので「すごく驚かれた」と笑った。その後、堀井氏が作ったゲームが、かの『ラブマッチテニス』や『ポートピア連続殺人事件』というわけだ。

 フリーライターとしても活動していた堀井氏は、面識のあった集英社の有名編集者・鳥嶋氏から、ある取材を依頼されることになった。それは、エニックス(当時)が開催した“ゲームプログラミングコンテスト”。取材するついでに『ラブマッチテニス』を応募したところ、見事に入選。またこのコンテストで、森田和郎氏(のちに『森田将棋』を制作)や『ドアドア』を応募した中村光一氏らと知り合うことに。

 フリーライターを生業としながらも、続く『ポートピア連続殺人事件』でゲーム業界に名前が知られるようになった堀井氏は、やはりライターという稼業からか、シナリオも重要な要素であるアドベンチャーゲームに魅力を感じるようになったようだ。ちなみに『ポートピア連続殺人事件』は、冒頭と最後を最初に作り、後から残り(コマンドを入力するシステムなど)を作ったそうだが、この時点で、すでにゲーム作りのノウハウを独学で習得していたと言えるかもしれない。同時に、『ウィザードリィ』をはじめ、パソコンのRPGを相当やり込んでいた時期でもあり、『ドラゴンクエスト』シリーズの“根幹”のようなものが形成されていた時期なのだろう。
 『ポートピア連続殺人事件』に続き、『北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ』、そして『軽井沢誘拐案内』を作ることになるわけだが、『軽井沢誘拐案内』の終盤にはRPGを意識したゲームシステムが導入されている。

●『ドラゴンクエスト』誕生の経緯、『DQ』~『DQX』30年の思い出
 ここからは、いよいよ本題へ突入。まず、『ドラゴンクエスト』というタイトルについて聞かれた堀井氏は、すでになじみのある“ドラゴン”と、逆に当時はまだなじみのない“クエスト”を組み合わせるといいなと思ったそうだ。そして、初代『DQ』から『DQX』まで、駆け足で思い出を振り返った。

『ドラゴンクエスト』・・64キロバイトという容量。いろいろなものをそぎ落としながら、形にしていった。
『ドラゴンクエストII』・・初代『DQ』から容量が倍になり、パーティープレイが可能になったが、いきなり増えても変なので、最初はひとりでスタートし、だんだんとパーティーを集めるスタイルに。
『ドラゴンクエストIII』・・さらに容量が増え、キャラクターの職業を選択する要素などを入れることができた。
『ドラゴンクエストIV』・・『DQIII』が大ヒットして、本当にプレッシャーがあったという。『DQIV』から始める人もいるだろうから、全5章のオムニバス形式を取った。
『ドラゴンクエストV』・・プレイヤーを本気で悩ませたかった。そして、主人公の世代が変わっていく要素も入れた。
『ドラゴンクエストVI』・・どんな遊びを入れようか悩んだ。それで、いきなりふたつの大陸を行き来できたらおもしろいだろうと考えた。ただし、シナリオが破たんしないように。
※齊藤氏は、本作から開発に参加
『ドラゴンクエストVII』・・プラットフォームがPSになり、容量が格段にアップした。シナリオに藤澤仁氏らが参加。
『ドラゴンクエストVIII』・・アイデアが出尽くした感があったが、たまたまレベルファイブと出会い、彼らが後方視点の3Dグラフィックを提案してくれた。
『ドラゴンクエストIX』・・ニンテンドーDSで発売されたことで、外に持ち運ぶという要素が生まれた。“まさゆきの地図”など、テレビの前だけではない遊びかたの提示。バーチャルがリアルを侵食した。
『ドラゴンクエストX』・・オンラインゲームとして、10年ほど前から構想があった。

 続いては、“皆さんからいただいた質問にお答えして行きましょう”のコーナー。興味深い質問が多かったので、コメントともども抜粋。

コマンド?
Q.ファミコン版の初代『DQ』では、戦闘モードに入ると「○○があらわれた! コマンド?」というメッセージが表示されるが、2作目以降でなくなった。そもそも、なぜ“コマンド?”というフレーズがあったのか?

堀井 言われるまで気づかなかったね(笑)。
齊藤 これは、パソコンでアドベンチャーゲームを作っていたころの名残ですよね。それで、『DQII』以降はいらなくなったと。

バランス調整について
Q.おもに終盤のバランス調整やデバッグが気になっている。時間や人数はどのくらいかけているのか?

堀井 一概には言えないですが、1ヵ月くらいはプレイデータを集めることに使っていますね。
齊藤 堀井さんが設定したポイントごとに、キャラクターのレベルや装備などを報告していました。国民的RPGだけに、どういった層を意識してます?
堀井 自分の感覚ですね。そんなにマニアックでもないし。でも、バランス調整は本当にギリギリまでやっています。マスターがあがっても、「もし、つぎにバグが出たら、変えてもらおう」と(笑)。

シナリオについて
Q.10年間はサービスを継続したいという『DQX』は、Ver.1の時点でどこまでシナリオができていた? また、現時点でどこまでシナリオができている?

齊藤 Ver.3で登場する竜族は、Ver.1の時点ですでに決まっていました。Ver.4は、つい先日いろいろな話をして、ある程度の骨格ができてきたけど、それ以降、Ver.5はこれから。

マップについて
Q.『DQ』では、ゲーム開始時に“竜王の城”を望むことができるが、その意図とは?
Q.“アレフガルドのワールドマップはどこから描き始めた?

堀井 最初から目的地を示したんです。ただ、最初はそこへの行きかたががわからない。まずはフィールドマップの形から作り、それから町を配置しています。まずは、マップを描いてから人を置いて、それから微調整していきます。

命名について
Q.“アレフガルド”という地名や由来や各都市の名前のコンセプトは?

堀井 実際の世界地図を何度も見て、ある程度のヒントを得ることが多いです。
齊藤 ファンタジーだから架空の名前をつけるというわけじゃないんですね。
堀井 「このリアス式海岸は~」とか。

Q,“クリティカルヒット”を「かいしんの一撃!」と名付けたのはなぜ?

堀井 言葉の持つイメージからです。
齊藤 温かみがあったり、少し毒のあるようなセリフも多いですよね。宣伝になりますが、「ドラゴンクエスト名言集」という本が出ていますので。
堀井 「あなたはゲームデザイナーに向いていますか」というチャートを作りましたね。

いちばん大事なもの
Q.堀井さんが考える、“ゲームデザイナー”としていちばん必要で、いちばん大事なものとは?

堀井 まずは発想力。そして、その発想力をシステムにするための忍耐。ダメになったときに、それを捨てる勇気。

★最後に『ドラゴンクエストXI』の話も……

「いっぱい話したいけど、話すと怒られる(笑)」という堀井氏。昨日も、実際にプレイしながら齊藤氏と長時間の打ち合わせをしたそうだ。システムはともかく、シナリオに関してはほぼ完成している状態で、現在は3DS版の3D表示を基準にしつつ、バトルのチェックはPS4版で行うなどしているとのこと。

「30年前に作ったときは、こんなに長く続くとは思わなかった。自分でも感無量。ありがたい。」と『ドラゴンクエスト』30周年を振り返る堀井氏。ゲーム業界も変わってきて、表現できることが増えてたがゆえに、逆に難しくなってきたと感じているという。また、ゲームをプレイする時間があまり取れない人に向けても、最初に「おもしろそう」と思わせる“つかみ”が重要だと語る。
 その堀井氏は、サバゲーを楽しんだり、『人狼』のイベントに出演するなど、つねにアンテナを多方向に広げている。ゲームはもちろん、ゲームに限らず、いろいろなエンターテインメントに触れることは重要だと感じた基調講演だった。

最終更新:8月30日(火)14時48分

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