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【手倉森ジャパン徹底検証/後編】リオ五輪で見えた手応えと東京五輪への提言

SOCCER KING 8月26日(金)11時55分配信

 手倉森ジャパンのリオデジャネイロ・オリンピック終戦が決まってからおよそ45分後。選手たちの取材対応がひととおり終わった取材ルームに、記者会見を済ませた手倉森誠監督が姿を現した。

 ロッカールームで涙を見せたという指揮官だけに、ここでもやはり悔しさを隠せなかった。

「チームが向上してきた中で敗退になるのは非常に残念だし、受け入れがたい。世界での修羅場を経験していない監督と選手が集まった時、最初につまらないミスをしたら痛い目に遭うぞ、というのを思い知らされた気分です」

 手倉森監督が悔やんでいたのは、やはり初戦の黒星だった。5ゴールを喫した理由は前編で分析したように多くの要因が絡みあったものだが、世界大会での初戦への向かわせ方に自身としての反省があるようだ。

 だが、その一方で選手たちの、あるいは日本サッカーの可能性を感じてもいた。

「ものすごく急成長したチームだったと思う。実力以上のことをしてくれたんじゃないかなと。世界への可能性というものも、示してくれたと思う」

 その言葉は、2年半このチームを取材して来た側からしても、うなずけるものだった。

 手倉森ジャパンが見せた“成長”と“可能性”――。その点でまず評価したいのは、歴代の日本代表とは異なる反発力としぶとさを備えていたことだ。

■リオ世代が世界大会で見せた確かな手応え

「耐えて勝つ」というゲームプランで臨みながら常に先行され、大量5失点を喫したナイジェリア戦。初戦で負ったダメージは決して小さくなかった。グループステージはわずか3試合。短期間に精神面を立て直し、戦い方を修正することがいかに難しいかは、2006年のドイツ・ワールドカップや2008年の北京オリンピック、そして2014年ブラジル・ワールドカップにおける日本代表を振り返ればよく分かる。この3大会はいずれも初戦で敗れ、未勝利のままグループステージ敗退を喫していた。

 だが、手倉森ジャパンは、それをやってのけた。ナイジェリア戦翌日には映像を見ながら失点シーンを分析し、必要以上に自陣に引いてしまった守り方を反省。そこから「攻撃的な守備、攻撃的な姿勢」で戦うことを再確認した。コロンビアとの第2戦ではシステムを4-4-2に戻し、浅野拓磨(アーセナル)、井手口陽介(ガンバ大阪)を先発起用することで前からの守備を強化した。

 さらに「初戦では『日本の魂を示そう』という言葉を掛けたりして、選手たちに(重荷を)背負わせすぎた」と反省した指揮官が「仲間を信じて助け合おう、まずこのチームの力を示そう」と言って選手たちを送り出すと、興梠慎三(浦和レッズ)や浅野、井手口が立ち上がりからコロンビアのボールホルダーに襲い掛かる。初戦のショックを感じさせず、互角以上の戦いを繰り広げた。

 そうした前半の戦いぶりもさることながら、このチームの“反発力としぶとさ”が本領発揮したのが、2点を先行されたあとの反撃だった。それまでゲーム内容が良かったにもかかわらず、井手口と藤春廣輝(G大阪)のミスによって2失点。しかも、2失点目は大島僚太(川崎フロンターレ)と南野拓実(ザルツブルク)を投入して反撃に出ようとした矢先のオウンゴールだった。これで流れをたぐり寄せる機会を失ったかに思われたが、1分後に浅野が1点を返すと、中島翔哉(FC東京)が豪快なミドルシュートを叩き込んで追いついた。もし93分に訪れた決定機を浅野が決めていれば、逆転も可能だったのだ。

 では、彼らはなぜ2点のビハインドにも屈しなかったのか――。

 それは、このチームに成功体験があったからだろう。今年1月のアジア最終予選。いずれも劣勢だった準々決勝と準決勝でイランとイラクを振り切ると、後半途中まで2点のリードを許していた韓国との決勝も浅野の2発と矢島慎也(ファジアーノ岡山)のゴールでひっくり返してみせた。

「僕らはU-19の頃にアジアで悔しい思いを味わい、難しいと言われていた中でアジア最終予選を突破して、逆境をはねのける力に自信を持てるようになった」

 そう振り返ったのは遠藤航(浦和)だった。「勝負弱い」と言われてきた集団は、アジアでの修羅場をくぐりぬけ、たくましさを身につけたのだ。

 スウェーデンとの第3戦で評価したいのは、ゲームコントロールだ。別会場で行われていたコロンビアの結果次第で、わずかながら決勝トーナメント進出の可能性が残されていたグループステージ最終戦。何としても先制点を奪いたかった手倉森監督は切り札を懐には忍ばせず、前半勝負の布陣を組んだ。ナイジェリアとの初戦でスーパーサブとして起用した浅野、コロンビアとの2戦目でジョーカーとして起用した大島と南野をいずれもスタメンとしてピッチに送り出したのだ。試合前日にはキャプテンの遠藤も「慎重かつ大胆にじゃないですけど、先制されると難しい状況になってしまうので、前半のうちに先制点を取りたいと思っている」と語っていた。

 試合は思惑どおりに日本がボールを保持して進んだが、自陣にブロックを敷くスウェーデンの守りをなかなかこじ開けられない。こうした展開において最悪なのは、焦れてしまって必要以上に前掛かりとなり、バランスを崩してカウンターから失点してしまうこと。しかし、ピッチ上の選手たちは落ち着いていた。その様子を大島が明かす。

「ブロックを敷かれて、(日本の)サイドハーフやサイドバックがそのブロックの外にいる状態だったから(縦パスを)打ち込める機会が少なかった。あまり急ぎすぎても前の選手が疲れるだけなので、(途中から)『前半はゼロでもいい』っていう話をしていた」

 さらに「航と話し合って、自分はちょっと前目に行かせてもらうことにした」という大島がペナルティエリア付近でボールに触る回数を増やすと、矢島、鈴木武蔵(アルビレックス新潟)の投入で攻撃のギアをさらに上げ、65分についにスウェーデンゴールをこじ開ける。ディフェンスラインを突破した大島のパスに矢島が飛び込んでゴールネットを揺らすのだ。

 ピッチの中で選手たちが判断し、状況に応じて柔軟に戦う――。それこそ、手倉森監督がこの2年間、ずっと掲げてきた“柔軟性と割り切り”だった。

 アジア最終予選ではイラン、イラク、韓国にいずれも押し込まれ、本大会初戦のナイジェリア戦でも引いて守っていたため、このチームは守備的なチームという印象があるかもしれない。だが、コロンビア戦やスウェーデン戦の内容、今大会で奪ったゴールを見てみれば、それが誤解だということが分かる。

 コロンビアと互角以上に渡り合い、スウェーデンにはほとんどの時間帯で日本が主導権を握った。そして本大会で奪った7ゴールはサイド攻撃あり、中央突破あり、ミドルシュートありと、実に多彩だった。過去のオリンピックを見ても、これほどバリエーション豊かな手法で相手を攻略した日本代表はないだろう。

 チームの立ち上げとなった2014年1月のU-23アジア選手権を終えた時、手倉森監督はこんなことを語っていた。

「技術のある選手たちが守備力を獲得できれば、そこをベースに枝葉が伸びていき、ボールを握る日本のスタイルも確立できるんじゃないか。いくらボールを握れても、守備が脆ければ世界では勝っていけない。この世代の選手たちに、まずはディフェンスを辛抱強くやることが、日本らしさのベースになるということを気づかせられたんじゃないかと思います」

 年々レベルが接近し続けるアジアでトーナメントを勝ち抜くためにも、自分たちの技術を発揮するためにも、まずは「守備力と粘り強さが必要だ」と、大島や中島、矢島、原川力(川崎)といったテクニカルな選手たちにも高い守備意識を求めてきた。

 活動期間が少なかったため、攻撃のイメージ共有や連係浸透に時間がかかり、アジア最終予選では“堅守速攻”のスタイルが定着したが、チームの中心となった大島の急成長もあり、最終的には速攻と遅攻、カウンターとポゼッションを使い分けられるチームになった印象だ。スウェーデン戦のあと、指揮官はこう言っている。

「地上戦でしっかりはがすなど、今大会のゴールは、崩し方もきれいでものすごく日本らしい得点だったんじゃないかと思う。やり方次第で日本も世界に通用する――そう思わせてくれるチームになった」

 “反発力としぶとさ”、“柔軟性と割り切り”といったサッカーの本質を磨いたチームが、最終的に本来の強みであるポゼッション力や技術を発揮し、世界大会で面白いように相手を崩した。残念ながらリオではメダルという結果は得られなかったが、今後につながる一つの明確な成果を出したことは評価できる。

■リオから東京へ。オリンピック代表の強化に向けた3つの提言

 日本にとって6大会連続出場となったリオデジャネイロ・オリンピックが終わったばかりだが、すでに4年後の7大会連続出場が確約されている。次のオリンピックは東京で開催されるため、予選が免除されているからだ。

 とはいえ、真剣勝負の場がなくなってしまうわけではない。

 現行では2年に一度行われるU-23アジア選手権の偶数回開催がオリンピックのアジア最終予選を兼ねている。日本が本大会出場が決まっているというだけで、U-23アジア選手権には出場できるため、リオ世代と同様、2018年1月の第3回U-23アジア選手権、同年8月のアジア競技大会、2020年の第4回U-23アジア選手権(東京オリンピックのアジア最終予選)を強化の場として活用していくのが大前提だ。

 それを踏まえた上で「オリンピック代表の強化」という点に絞り、次の大会に向けて3つの改善点が挙げたい。

 まず一つ目は、「チームを立ち上げる時期をさらに早める」ことだ。

 2014年1月に新設されたU-23アジア選手権に合わせて、手倉森監督が代表チームの監督に就任したのは2013年12月のこと。ところが年末までベガルタ仙台の指揮を執っていたため、選手を視察する時間がなく、選手選考は日本サッカー協会(JFA)主導で行われた。また、選手たちはオフ明けの1月でコンディションの整わない者が多く、オマーンで行なわれた第1回大会は、監督と選手の顔合わせの場となってしまった。

 次の第3回U-23アジア選手権が開催されるのは2018年1月。数少ない真剣勝負の場を有意義なものにするには、その数カ月前に代表チームを立ち上げる必要がある。

 東京オリンピックへの出場資格があるのは、1997年以降に生まれた選手たち。今年10月に行われるU-19選手権に臨む選手たちが、自国開催のオリンピックにおける年長世代となる。彼らが2017年5月に行われるU-20ワールドカップの出場権を得れば大会後の夏にも、もし世界への挑戦権を逃してしまった場合は2017年早々にも、東京オリンピックに向けた代表チームを結成し、新監督の下でチーム作りをスタートさせるべきだろう。

 次に提案したいのは、「国際Aマッチデーに強化を行う」ことだ。

 今回は「選手は所属クラブでポジションをつかみ、そこで成長するのが一番」(霜田正浩ナショナルチームダイレクター)という方針から、長期合宿や海外遠征は控えられた。代わりにJリーグの日程と重ならない程度の短期合宿が組まれ、Jクラブや大学生との練習試合が繰り返された。

「クラブでの成長重視」の方針に異論はない。しかし、練習試合では国際経験が積めず、チームの強化にも個人の飛躍的な成長にもつながらない。手倉森監督も大会終了後、「あれぐらいの活動日数で選手たちはよくここまで伸びてくれたなというのが本音としてある」と活動日数の少なさを指摘した。

 そこで国際Aマッチデーでフル代表が活動する時期を、オリンピック世代の代表強化に充てる案はどうだろう。これならJリーグの公式戦とかぶることが少なく、ヨーロッパでプレーする選手も招集可能だ。フル代表がワールドカップ予選を戦っている時にオリンピック世代が海外遠征を敢行する。フル代表が国内で親善試合を行う際に、その前座として親善試合を戦う。実際、ロンドン世代を含め、過去に同様のケースで同会場で行われていたことはあった。フル代表とオリンピック代表が同時に活動するわけだから、費用はかかる。だが、ここは地元開催のオリンピックに向けて特別な予算を組み、選手を供出するクラブ側にも理解と協力を依頼するべきだ。

 そして最後は「オーバーエイジの融合を早める」こと。

 今回、オーバーエイジが合流したのはブラジルへの出発直前で、アラカジュでの直前合宿では“新戦力”との連係に時間と神経が割かれた。これでは万全の状態で初戦を迎えるのは難しい。東京オリンピックでは、少なくとも本大会が開催される2020年の親善試合や強化合宿などにオーバーエイジの候補選手数人を加えて強化を図り、万全の状態で開幕を迎えたい。

 なお、オリンピック代表の監督に関しては、将来、フル代表や海外クラブで指揮を執ることを期待し、Jクラブでの実績のある若い指導者に任命するという従来の方針を支持したい。フル代表の指揮官がオリンピック代表監督を兼務するというアイデアもあるかもしれないが、それでは一つ目目の改善点と折り合えない。フル代表の新監督が決まるのは、基本的に2018年6月のロシア・ワールドカップが終わってから。2014年のブラジル大会後のケースで言えば、ハビエル・アギーレ監督の就任が決まったのは2014年8月だった。これでは2018年1月のU-23アジア選手権で指揮を執れず、強化に使えないばかりか、同年8月にインドネシアのジャカルタで行われるアジア競技大会にも間に合わない。

 かつて日本ではフィリップ・トルシエ氏がフル代表とシドニー・オリンピック代表の監督を兼務したことがある。ただし、それが可能だったのは、2002年のワールドカップが地元開催でフル代表にアジア予選がなかったから。しかも、シドニー世代に中田英寿、中村俊輔、小野伸二、稲本潤一、高原直泰、柳沢敦ら、そのままフル代表として起用できるタレントが揃っていたからこそできたことだった。それゆえ、早ければ2017年早々に、遅くても同年夏の就任が可能で、Jクラブでの実績のある将来性豊かな指揮官に、東京オリンピック代表を率いてもらいたい。個人的にはサンフレッチェ広島の森保一監督が適任だと思っている。

 リオデジャネイロ・オリンピックでは目標に掲げていたメダル獲得には届かなかった。だが、それですべてを「失敗」だと断罪すべきではないだろう。手倉森ジャパンの2年半の活動とオリンピックでの戦いには、日本のサッカーが進むべき方向のヒントが詰まっている。リオで得た成果と教訓を、ぜひ東京オリンピックでのメダルにつなげてもらいたい。

文=飯尾篤史

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最終更新:8月26日(金)12時59分

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