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エクスタシー・サミット復活に身震い…YOSHIKIが率いたEXTASY RECORDS設立秘話(1)

エキサイトミュージック 8/28(日) 0:15配信

10月14日(金)、15日(土)、16日(日)の3日間に渡って、千葉・幕張メッセ 9-11ホールで10万人規模のヴィジュアル系音楽フェス『VISUAL JAPAN SUMMIT 2016 Powered by Rakuten』が開催される。内容は日替わりになることがすでに告知されているが、その中でも注目すべきは、イベントの中で催される『エクスタシー・サミット』。なんと、1992年の大阪城ホールと日本武道館を最後に開催されていなかったあの伝説のイベントが24年ぶりに復活するという。80年代半ばから取材していた側だから、身震いと共に当時の思い出の数々が蘇ってくるっての。

そこでおさらいの第一回目。『エクスタシー・サミット』ってなんだよ。まず、それを語るには避けて通れないのがEXTASY RECORDSだ。そもそも、このレーベルに所属する若手バンドを育成することが目的で始まったイベントが『エクスタシー・サミット』である。

このレーベルにはX(X JAPAN)はもちろん、LADIES ROOMやZI÷KILL、LUNA SEA、東京ヤンキース、GLAY、DEEPなど数多くのバンドが所属。リリースされる各アルバムやシングルがメジャーに負けない枚数を売り上げたことや、後にほぼ全てのバンドがメジャーデビューしたことで、インディーズレーベルとは思えない勢力と存在感を示した。このレーベルの親分こそ、XのYOSHIKIである。

彼がEXTASY RECORDSを設立したのは1986年のこと。Xにとっての2ndシングル『オルガスム』をリリースするために、自ら作ったレーベルだった。

今の時代ならレーベルを作るノウハウを知っているミュージシャンも多いだろうし、その知識を享受してくれる先輩ミュージシャンを持つ若手バンドも少なくないだろう。それに、どこかのレコード会社のもとで自分達のレーベルを作ってもらうパターンだってある。

でも80年代半ばに自分のレーベルを作るのは、原野を開拓するようなもの。なにから始めりゃいいのか分からないし、面倒くさいことも多そうだし、とにかく大変さと不安がつきまとう未知のことだらけ。それでもYOSHIKIがレーベルを作ったのは、Xの音源をリリースしてくれるレーベルが当時はなかったからだ。いや、厳密に言えばXを相手にしてくれるところがなかったから。

あの当時、Xのライブは過激という言葉が霞むぐらい暴力的で、毎回、負傷者続出だった。なにしろ血の気の多い客ばっかりが集まっていたから、バンドの放つ音で激ノリしていたのが途中から殴り合いやら蹴り合いに発展。Xに付いていたローディ連中も勢いあるヤツらばかりで、最初はメンバーに危害が及ばないように守っている感じだったものが、しまいには客との殴り合いに。最終的にその混乱を収めるのがXのTOSHIだったりした。

また、ライブが終わったときには仲間意識が芽生えて、みんなで打ち上げしようぜ、と今度は近くの居酒屋で大宴会。ライブの勢いそのままに酒を呑むものだから、グラスを次々に破壊するわ、掘りごたつのある居酒屋だったらテーブルをどかしてプロレスをするわ、もう、大変。いろんな居酒屋から出入り禁止を食らうという凄まじさ。

そこでXに付けられた名称が“関東三大粗大ごみバンド”である。他の2バンドはHIDEがいたサーベルタイガー、ディメンシアである。「ひどい呼ばれ方していたよ」と後にYOSHIKIは笑っていたが、そう呼ばれてしまうだけのことをしていたのは事実だ。

ともかく、そういうバンドだから関わろうとするオトナ達は皆無。だから自分で作るしかなかった。そこで最初にしたのは、レコードのプレス工場に自ら行って、いくら払えばレコードを作ってくれるのか、ストレートに質問したという。

今度は印刷工場に出向いて、ジャケットを作るにはどうすればいいのか。さらにジャケットに文字を入れるために写植屋へ行って、いくらぐらい掛かるのか。そしてもちろんスタジオにもレコーディングでどれぐらい掛かるのかも聞き、レコーディングエンジニアが必要と言われれば、エンジニアは具体的に何をするのかも調べたという。

また、リリースするときにはライブもやりたいし、大々的に宣伝もしたい。そこで雑誌に広告を出すにはどうすればいいのか。次々に沸き出る疑問を、自らの行動力と、音源を出したいという意志の強さで解決していった。

“無敵と書いてEXTASYと読む、無謀と書いてYOSHIKIと読む”の精神は、すでにEXTASY RECORDSの設立から発揮されていたといっていい。YOSHIKI、20歳のころだ。
(文/長谷川幸信)

◆連載 第2回目:
◆連載 第3回目:

■■筆者プロフィール
フリーライター。インディーズ時代より、X(X JAPAN)のインタビュー記事を音楽雑誌ロッキンfで執筆。『エクスタシー・サミット』のオフィシャル的ムック『無敵 EXTASY BOOK』(1992年、立東社)、『無敵II EXTASY BOOK 1993』(1993年、立東社)でも執筆及び編集協力で参加した。ちなみに、TOSHI、YOSHIKI、PATAとは同じ歳。

最終更新:9/11(日) 0:30

エキサイトミュージック

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