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犬山城の国宝天守:「美しき城」vol.30

ZUU online 8月28日(日)11時40分配信

■撮影したくなる美しい姿

木曽川の南岸、標高88メートルの断崖上に凛と立つ、犬山城の現存天守。天守の高さは約19メートル、天守台も含めると約24メートルとさほど高くありませんが、断崖上に建つせいか、すらりと長身に見えます。

断崖のもっとも高いところに本丸を置き、杉の丸、樅の丸、桐の丸、松の丸と曲輪が階段状に並びます。天守は本丸の奥まった場所に立ち、搦手(裏手)が木曽川に続きます。川沿いの断崖上に築かれているのは天守最上階からの絶景を楽しむため、ではありません。こうすることで、木曽川が城の背後を守ってくれます。

撮影スポットは、ライン大橋を渡り木曽川越しにのぞむアングル。装飾が派手なわけでも格別に大きいわけでもありませんが、水面に雄姿を落とすその姿は、独特の美しさがあります。青空にパッと映える姿も眩しいですが、茜色の夕焼け空に浮かぶシルエットもたまらなく情緒的です。夕景なら、犬山遊園駅ほど近くの犬山橋からがベストアングル。12月頃にはちょうど、天守の真上に夕陽が沈むそうです。

■国宝天守の存在感と美

天守は、三重四階地下二階の望楼型天守です。コンパクトですが、独特の意匠にあふれ華があります。扉を上から吊るす突上戸、格式の高い唐破風、最上階に設けられた高欄付きの廻縁などが古式の美と格式を高めています。最上階が真壁造なのも大きな特長です。真壁造は外壁の柱や桁、長押などを塗籠めずに木材をそのまま見せる格の高いものですが、防火性が低く城ではあまり好まれません。華頭窓が枠を象っただけのデザインになっているのも珍しいところです。

最大の魅力は、眺望のよさです。天守最上階の廻縁(バルコニーのような渡り廊下)からは木曽川を一望でき、濃尾平野の見事な展望が楽しめます。晴天の日には遠くに岐阜城や名古屋市街地まで見えます。

廻縁は天守につきもののイメージがありますが、実際にはそれほど存在しません。木造につき風雨にさらされて腐朽しやすく、室内に取り込まれたり、高欄(手すりのような柵の部分)だけが飾りとしてつけられることが多いのです。犬山城の天守は、実際に外へ出てぐるりと1周できる貴重な例。通り抜ける風が心地よく、時間を忘れます。

■秀吉も入城した、濃尾国境の城

この地は美濃(岐阜県)と尾張(愛知県)の国境の城にあたり、対岸は美濃です。天守最上階で周囲を見渡せば、濃尾国境を制した気分にもなれるでしょう。中山道と木曽街道にも通じることから、1537(天文6)年に織田信長の叔父・織田信康が犬山城を築城して以来、交易・政治・経済の要衝として栄えました。そのため、戦国時代には何度も激戦が繰り広げられました。豊臣秀吉と徳川家康・織田信雄が衝突した小牧・長久手の戦いの舞台にもなり、後に秀吉も入城しています。

2004(平成16)年まで全国唯一の個人所有だった、珍しい城でもあります。1617(元和3)年に成瀬正成が城主となってから、9代に渡り成瀬家が継承。廃城令後に県の所有となり天守以外のほとんどの建物が取り壊されましたが、濃尾大地震後に修理を条件として旧藩主の成瀬家に譲与されました。現在は財団法人犬山城白帝文庫の所有となっています。

■お問い合わせ
愛知県犬山市犬山北古券65-2
TEL: 0568-61-1711(犬山城管理事務所)

国宝犬山城
http://inuyama-castle.jp/

取材・文・写真/萩原さちこ

《プロフィール》
萩原さちこ 城郭ライター、編集者
小学2年生のとき城に魅了される。日本人の知恵、文化、伝統、美意識、歴史のすべてが詰まった日本の宝に虜になり、城めぐりがライフワークに。執筆業を中心に、テレビやラジオなどのメディア出演、イベント出演、講演、講座のほか「城フェス」実行委員長もこなす。著書に『わくわく城めぐり』(山と渓谷社)、『戦国大名の城を読む』(SB新書)、『日本100名城めぐりの旅』(学研パブリッシング)、『お城へ行こう!』(岩波ジュニア新書)、『図説・戦う城の科学』(サイエンス・アイ新書)など。共著、連載多数。公益財団法人日本城郭協会学術委員会学術委員。公式サイトhttp://46meg.com/(提供:プレミアムジャパン)

最終更新:8月28日(日)11時40分

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