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長谷川 職人の技“詰まった”1000安打

西日本スポーツ 8月28日(日)11時41分配信

■中前適時打で節目

 手に残る感触は、駆け出しの一打に似ていた。2回、すべての塁が埋まって長谷川は高めの真っすぐを打ちにいった。詰まりながら捉えた打球は中前への適時打となった。たどり着いた一塁ベース。そこで花束を受け取った。メモリアルの通算1000安打だった。

 「僕の原点とも言える、詰まってヒット。いいヒットだった。見てくれは悪いけど、ああいうヒットをたくさん打ってきた」。試合後、穏やかな顔で気持ちを明かし、こう続けた。「バットが折れてセンター前だった。1000本打っても変わらないな」。2年目の2008年4月22日に楽天の朝井から放ったプロ初安打が脳裏によみがえった。

 ヒットメーカーとしての出発点となった、その日から3050日目。10年目の今季は選手会長として、シーズン終盤での優勝争いに身を置いている。「試合に出ている以上、勝つためにやっている」。14年12月に右足首の手術を受け、昨季の出場は30試合。この日は指名打者での出場だった。万全な状態ではなくても打席に立つ以上「勝利への1本」を追求し続ける。

 忘れられないシーズンにプロ3年目の09年を挙げる。「周りがすごい選手ばかり。1打席も無駄にできないと思ってやっていた」。小久保裕紀と松中信彦の「MK砲」に加え、外野には多村仁志(現中日)やオーティズらスラッガーぞろい。激しい競争を勝ち抜くためにどうするか-。川崎宗則(カブス傘下3Aアイオワ)の姿勢から学んだ。「ムネさんは調子が悪いとき、バットをめちゃめちゃ振っていた。あれだけ実績ある人でも、もがいて打破しようとする。そういうふうにしていかないと、と思った」。リーグ4位の打率3割1分2厘を残し、13年には首位打者、最多安打の打撃2冠。確固たる地位を築いた。

 1011試合目での達成。「入団したころは1000本打てるとは思ってなかったけど、数字が近づくにつれ、もう少し早くできたかな、と」。本音をちらりとのぞかせたが、今はペナントレースをトップでゴールすることしか考えていない。「勝つしかないんで…。目の前の試合を勝つ」。記念の一打も通過点。バットとともに生きる“職人”の誓いが、熱を帯びた。

西日本スポーツ

最終更新:8月28日(日)11時41分

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