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プーチン氏に米大統領選の行方を決める力はあるのか?

ニュースソクラ 8月28日(日)19時0分配信

クリントン・トランプ両陣営が対ロ姿勢めぐりヒートアップ

 米民主、共和両党の大統領候補指名が終わり、11月8日の投票日へ向け選挙戦はホームストレッチにさしかかったが、両陣営がロシアへの対応をめぐって火花を散らしている。

 ヒラリー・クリントン氏がウラジーミル・プーチン大統領が陰で米大統領選に干渉していると非難、プーチン氏を高く評価するトランプ氏は大統領としてふさわしくないと糾弾すれば、トランプ氏は、ロシアと関係を改善して何が悪いのかと反論する。

 伝統的に民主党候補を支持するニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなど大手メディアがクリントン陣営の肩を持つようにして両者の対立に関与し、米論壇はロシアへの対応をめぐる記事で賑わっている。中にはプーチン大統領があたかも米大統領選の行方を決するかのような印象すら与える論調もある。だが、果たしてプーチン大統領にそんな力はあるのだろうか。

 新冷戦と言われるほどに米欧諸国とロシアの関係が悪化する中、米大統領選で対ロ外交が焦点の一つになることは当然ではある。だが、論戦がここまで熱を帯びたのは、政府などの機密情報を暴露する国際組織ウィキリークスが7月下旬、民主党全国委員会(DNC)幹部のeメールを大量に公開してからだ。

 暴露されたeメールによって本来中立であるべきDNCがクリントン氏の対立候補バーニー・サンダース氏の追い落としを図っていたことが明らかになった。DNCがクリントン氏の肩を持っていたわけで、責任を取ってデビー・ワッサーマン・シュルツ委員長が辞任し、ウィキリークスによる暴露はクリントン氏への反感を誘う要因となった。

 だが、クリントン陣営はノコノコと引き下がらなかった。暴露されたeメールはもともとロシアの政府機関がDNCのサイトに侵入し盗み取ったものだとの主張を展開している。有権者の関心を巧みにロシアによるハッキングの問題へと移し換える試みといってよいのかもしれない。

 DNCは今年4月下旬、コンピューター・システムに異常を感知、5月にサイバーセキュリティ会社のクラウドストライクCrowdStrikeに調査を依頼した。クラウドストライクは6月中旬にロシアの二つのグループがDNCのシステムに侵入したと明らかにした。

 一つは連邦保安庁(FSB)と関係を持つハッカー集団で、DNC幹部のeメールやチャットを盗み見た。もう一つは軍参謀本部の情報機関「情報総局(GRU)」が関与する集団で、民主党による共和党候補ドナルド・トランプ氏に関する調査内容を盗んだという。

 クリントン氏はウィキリークスによる暴露の後にこの問題について論評、ロシアが大統領選に干渉していると強く非難した。

 一方のトランプ氏はこの一件をとらえて、ロシアがクリントン氏のコンピューター・システムに侵入して彼女が国務長官時代に交わしたeメールを暴露してもらいたいと揶揄した。トランプ氏の発言はロシアによるハッキングを奨励しているようでもあり、メディアが一段と沸き立った。

 だが、肝心の連邦捜査局(FBI)など米当局はクラウドストライクとは違ってDNCへのハッキングがロシアによるものだとは決めつけていない。現時点では「調査中」だ。ロシアが関与したとの証拠は公式には示されていない。

 ロシア政府はハッキングを完全否定している。情報活動に関してはどの国の当局も否定、あるいはコメントしないのが通例だから、当たり前と言えば当たり前の反応である。

 米国のメディアはプーチン大統領が米大統領選に干渉している一つの材料として、トランプ氏を高く評価したことも挙げる。確かにプーチン大統領はトランプ氏について「輝いていて才能がある」と語ったことがある。だが、この場合の「輝いている(ロシア語でヤールキー)」は必ずしも「すばらしい」という意味ではなく、「いろいろ目立つ」という意味もある。

 いずれにしてもプーチン大統領によるトランプ氏への評価はこの一言だけだ。しかもこれは昨年12月に外国人記者に質問されての答えの一節であり、その際、「だが、彼の価値を決めるのは我々のやることではない。それは米国の有権者が決めることだ」と付け加えている。

 トランプ氏は自分に関するプーチン大統領の発言に気を良くし、プーチン大統領は自分を「天才」と呼んでくれたと曲解して喧伝している。これに対しクリントン陣営やその支持者たちはトランプ氏がプーチン氏の回し者になっていると論難する。

 確かにトランプ氏はクリントン氏よりロシアに優しそうだ。「天才」と呼ばれたと理解していることもあるし、トランプ氏が北大西洋条約機構(NATO)は「時代遅れ」だと言ったこともプーチン氏には心地よく響いているだろう。

 一方、クリントン氏はプーチン大統領が2014年にクリミアを併合した後、彼をヒトラー呼ばわりしているし、ハッキング事件でもロシア犯人説を明確に打ち出している。

 プーチン大統領自身はどちらがよいと思っているのか。今年4月、毎年恒例の国民の対話で、二人のうちどちらがロシアにとって害が少ないかとの質問が出たが、彼は直接回答しなかった。

 ロシアあるいはプーチン大統領が米大統領選に干渉したと決めつけるには材料が不足しているように思われる。またプーチン氏が米大統領選の行方を左右するという見方はいかにも大げさだろう。

■小田 健(ジャーナリスト、元日経新聞モスクワ支局長)
1973年東京外国語大学ロシア語科卒。日本経済新聞社入社。モスクワ、ロンドン駐在、論説委員などを務め2011年退社。
現在、国際教養大学客員教授。

最終更新:8月28日(日)19時0分

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