ここから本文です

IMFが賃上げ圧力を日本に加えるワケ

ZUU online 8/29(月) 18:10配信

マイナス金利の導入にまで踏み込んだ金融の異次元緩和、消費税率引上げの延期、28兆円超を謳う景気対策の方針表明。次々と繰り出される追加政策だが、アベノミクスの限界を自ら認めていると言えなくもない。事実、2016年前半の経済では、再び停滞感が強まっている。

その中で、国際通貨基金(IMF)がいわば「第4の矢」として「急進的賃上げ戦略」の採用を求めており、注目が集まっている。昇給への「お墨付き」を与えるIMFからの要望は安倍政権への「助け舟」と受け止められるだけでなく「不満の表れ」と言うこともできそうだ。IMFという国際機関がこうした提言を行う背景を含め、提案の持つ意味を吟味してみよう。

■異彩を放つ2016年の対日審査報告書

今回の「賃上げ促進論」は、6月20日に公表されたIMFの対日審査報告書に盛り込まれた公式な提案だ。報告書自体は、加盟国すべてについて、IMFが年に一回発表する経済評価レポートの一つであり、権威を持つ分析として受け取られはする。他方で、強制力を持つものではなく、国際収支危機や財政危機に陥ってIMFに資金支援を求める国に突きつける「構造調整プログラム」とは別物だ。

しかし、今年の報告書がアベノミクスの核心に、遠慮なく踏み込んおり、かなり異例のことだ。

IMFの懸念の中心は「デフレ」。かねてから政策目標であったデフレマインドの克服に足踏みをしていると受け止められている様子だ。同機関によれば「アベノミクス」は当初は成功したが、最近ではデフレリスクが再び高まっており、現状のままでは「期限までには達成困難」だと言う。

加えて、IMFは賃上げが十分には波及していない点を問題視し、「労働市場改革を伴う所得政策を前面に据えるべき」だと、賃上げをより強く姿勢を前面に押し出した。

ちなみに、「所得政策」については、1960-80年代に国内外で盛んに政策論議の対象となった経緯がある。当時はインフレ対策として賃上げ抑制を目指す政策手段として登場したものである一方で、現在ではむしろインフレの不在を問題視してのことで、順序も逆転している。かつての1980、60年代の所得政策からすれば、ちょうど「逆所得政策」とでも呼びたくなるように逆転しているのだ。

いずれにせよ、賃金決定という労働市場の価格メカニズムへの政府の介入に対して教科書的な批判が出てくるのは避けられないところだが、政府の役割を強調する労働経済学者も少なくない。労働組合の組織率が2割以下に低下しており、被雇用者側の交渉力の低下が問題視される向きもあると理解できそうだ。

■賃上げへの「アメとムチ」は有効か?

第2次安倍内閣は政権発足の2012年末以来、春闘を前に欠かさず政労使会議などを通じて経営側へ賃上げを要請してきた。「官製春闘」のおかげもあってここ3年間は、連続で2%台のベースアップが実現しているから、政権側は「逆所得政策」はとっくに実施済みと胸を張りたいかもしれない。

ただ、今年2016年の春闘最終結果は2.27%と14年の2.28%、15年の2.52%に比べ物足りないものにとどまった。去年まで「安倍首相の賃上げ圧力はゴルフコースにまで広がっている」と「官製春闘」にエールを送っていた海外メディアも、今年に入り、トヨタをはじめとする大手企業の回答結果が明らかになるにつれそのトーンを一変させ、賃上げの鈍化は、アベノミクスへの逆風だという論調が支配的となった。

また、春闘がカバーするのは労働者総数の17%に過ぎず、実質賃金も4年連続マイナスとなっていることに注意を促すコメントも見られるなど、日本の賃上げに対する海外の関心は想像以上に高まっていたとみられる。

2人のIMFのアジア担当エコノミストが本年3月の段階で「賃上げのために政府ができることはまだある」と所得政策の具体的な措置をブログ上で提案していたという。

それぞれ言及すると、一つ目は一定の環境下にある企業がそれなりの賃上げを実施しない場合、その理由を説明する義務を課することだ。さらに、賃上げのための税制上の優遇措置を強化し、利益の伸びを十分従業員に還元しない企業に対して税制上の懲罰的措置を設けるというもの。要するにまずはモラルに訴え、次に税制優遇措置を講じ、最後の手段としてペナルティーもちらつかせる方法だ。税制優遇という「アメ」と懲罰措置の設置という「ムチ」をテコに、企業に大幅な賃上げを促すことがその狙いと言えるだろう。

■IMF提言の真の狙いは?

ただ、IMFのエコノミストが提案する政策は理論的にはもっともらしいが、実務の面ですぐに壁にぶつかるのは必至だ。公正な「労働分配率」をどう定義するのか、どうやって企業に順守を義務付けるか、無理な義務付けは雇用の喪失につながるのではないかなど、疑問は数えきれない。

にもかかわらず、IMFがこうした「急進的賃上げ戦略」を日本に求める真意はいったい何だろうか?

一つは日本の「デフレマインド」がこれほど根深く定着し、伝統的な政策ミックスでは太刀打ちできないという点を強調したいというレトリックとしての捉え方があろう。

もう一つ指摘しよう。やや穿ち過ぎかもしれないが、もっと根深い政策的対立を見て取ることもできる。金融異次元緩和、財政再建、円安誘導をめぐる「官邸・内閣府」と「財務省・IMF」のタッグ・マッチという見方だ。

特に、財務省はIMFの副総裁や理事に幹部を送り込んでいるにもかかわらず、IMFがあからさまにアベノミクスは失敗に終わったと決めつけるに等しい報告の公表を看過したのはなぜだろうか?IMF側からは、「ヘリコプターマネーは不要」、「財政再建忘るべからず」という趣旨の発言も漏れ聞こえてきており、財務省にとっても本音だろう。永久国債で公共投資を賄うとなれば要求官庁に対する歯止めはなくなるし、消費税引き上げを通ずる税収増は同省の悲願だ。

二度にわたって消費税引き上げを先延ばしした安倍総理は「国際金融経済分析会合」にクルーグマン、スティグリッツといったノーベル賞経済学者を招いてそのお墨付きを得た。

IMFエコノミストが所得政策の具体的な措置をブログ上で提案したのが時も同じ本年3月。これが単なる偶然なのかどうかは知る由もないが、少なくとも一つはっきりしているのは「日本がデフレから決別するには賃金上昇が必要」というIMFの見立てに誤りはないということだ。(岡本 流萬)

最終更新:8/29(月) 18:10

ZUU online

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。