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ホンダNSX 技術者の本気と経営の空回り

ITmedia ビジネスオンライン 8月29日(月)7時26分配信

 8月25日、長らく待たれていたホンダNSXが本邦でも発表された。既に受付は開始されていて、発売は2017年2月27日から、価格は2370万円とアナウンスされた。

【東京ビッグサイト西館の発表会場に派手な演出で現れた新型NSX】

 発表会場の東京ビッグサイトでは、取材陣を仮設スタンドのひな壇に上げ、ド派手なレーザー光線とスモークのステージに、6台のNSXが自走して入ってくると、最後の一台からホンダの八郷隆弘社長が降り立つという演出が成された。ホンダの力の入り具合が見て取れる。

 「Hondaの根底に、昔もいまも脈々と息づくもの。それは常に高い目標に向かって情熱を注ぐ、技術的な探究心である。沸き立つスポーツマインドと、その結晶たる初代NSXをここに」

 ホンダがこの日、プレスに配布した資料に書かれている言葉だ。初代NSXの話ではあるが、それは良くも悪くも変わっていなかった。新型NSXに投入された技術の数々、そしてその実現のためのエンジニアリングは瞠目(どうもく)すべきものだと思う。それはそうなのだが……。

●NSX最大の特徴は駆動にある

 NSXの本質については多くの既報を見てご存じの方も多いだろうが、一応おさらいをしておく。

 最も重要なのは、その革新的な駆動方法だろう。4輪それぞれに駆動力を配分し、駆動力で旋回させる「スポーツ・ハイブリッドSH-AWD」だ。クルマの前2輪だけを取り出して見たとき、右タイヤを駆動し、左タイヤを止めれば左に曲がる。ちょうど運動会の行進で内側の人は足踏みし、外側の人は大股で早歩きをするのと同じだ。内輪と外輪の描く軌道の長さを駆動力で意図的に作り出してやることでクルマを曲げる。もちろんそれは後輪でも行われる。

 その仕組みは2004年にデビューしたレジェンドに採用されたものだが、NSXではモーターを併用することでさらに適応範囲が広がった。エンジンはV6 3.5リッター・ツインターボで、エンジンとトランスミッションの合わせ目に挟み込んだモーターがこれに加勢する。のみならず、前輪にも左右独立した2つのモーターを装備する。つまり動力はエンジンと3つのモーターということになる。

 モーターのメリットは、まず制御速度がケタ違いに速いことだ。ドライバーがアクセルを操作したことに対して遅滞なくトルクが増大し、追ってエンジンが加勢する。サーキットなどで限界走行を試みた際には、トラクションコントロールをこのモーターのレスポンスを前提にギリギリに設定できる。つまりエンジンでは制御の粗さで踏み込めなかった領域まで使うことができる。

 さらにフロント2輪はモーターなので、回生ブレーキを意図的に介入させることができる。先ほど例に挙げた左に曲がる状態であれば、左前輪に回生ブレーキをかけながら、右後輪に大きなトルクをデリバリーすることで、クルマの自転運動を作り出すことができる。旋回中のアンダーステアやオーバーステアに対しても、適切な車輪にトルクを流したり、回生ブレーキをかけたりすることでこれまでのクルマではできなかった姿勢制御ができる。自動車の運動における革命なのは間違いない。

●神がかったエンジニアリングのシャシー

 問題はこれを受け止めるシャシーだ。4輪に自在にトルクをかけたり、制動をかけたりするということはサスペンションに掛かる力の方向がこれまでは考えられなかったほど多彩で、大きくなることを意味する。時速100キロを超える高速旋回中に1輪だけ制動を行い、しかも後輪はその制動に逆らって駆動力を掛けるわけだ。サスペンションとシャシーはこの力をがっちり受け止め、タイヤの位置と方向を正確に保たなくてはならない。そんなことができるのだろうか?

 この問題へのホンダからの回答に筆者は興奮を禁じ得なかった。エンジニアが答えてくれたわけではない。会場の片隅に置かれていたカットモデルが、その対策を雄弁に語っていたのだ。NSXは、複合素材によるスペースフレームを新開発した。押し出し成形のアルミ材と、プレス加工アルミを用いただけでも贅沢(ぜいたく)なのに、三次元熱間曲げ焼き入れを施した超高張力鋼管まで投入した。

 具体的な素材スペックは発表されていないが、恐らく1300~1500Mpaという、現在考え得る最も強度の高い鋼管をピラーとルーフ両サイドに投入している。超高張力鋼管は、硬すぎて生産時に曲げることが難しい。曲げるためには加熱して柔らかくするしかない。しかも管である。下手に曲げれば潰れてしまう。これを厳密に温度管理しながら曲げ、その熱を利用して鋼管に焼き入れまで行うのである。

 もう1点、凄いとしか言いようのない構造がある。車両のフロント部分にはキャビンから前方に向かって側面視で上中下と3本の構造材が伸びている。これは左右両側にあるので、都合6本になる。この6本ともに事も無げに高価な押し出し成形アルミが使われているのみならず、その途中には鋳物のアルミが接ぎ木のように挟まれている。

 このアルミ鋳物はアブレーション鋳造という方法で作られる。砂型に溶けたアルミを流し込み、アルミが冷える前に砂型をジェット水流で吹き飛ばす。急冷による素材の熱変化を利用して部材をより硬化させる特殊な鋳造法だ。従来の鋳造と違って破断強度が高い。つまり変形したときに粘り強い部材を作れる。しかも複雑な形状造形が可能な鋳造のメリットはそのまま享受できる。

 このアブレーション鋳造材には2つの役目がある。1つは衝突安全の防波堤だ。前方への衝突に際して、アルミ押し出し材を断続的に潰して衝撃を吸収させ、鋳造材で残る衝撃を受け止めた上で、キャビン周辺の構造材に再度効率良く分散させる。オーバーハングを長く取ることが運動性能を劣化させるスポーツカーにとって、いかに短いフロント部で効率よく衝撃を吸収し、キャビンを潰さないかは極めて難しい課題なのだ。

 そしてもう1つの役割だ。筆者はこれに最も感動した。この鋳造材はそのままサスペンションマウントになっており、フロントのダブルウィッシュボーンアームは上下とも、フレームの一部であるこの鋳造材に直接マウントされる。これはもうコロンブスの卵と言って良い。この構造を考え出したエンジニアに会ってみたい。

 つまり、短いノーズでの衝撃吸収とサスペンションの高剛性で正確な位置決めを一発で解決した素晴らしいアイデアだ。リヤはキャビンから伸びるフレームが左右1本ずつの計2本だが、アッパー側については同様の構造が採られている。ロワー側は巨大なアルミ製中空サブフレームが車両の下面に取り付けられる。またリヤのダンパーマウントはルーフから下りてくる押し出し成形アルミ材で組まれたトラス構造によって支えられる。

 見事としか言いようのないシャシー設計だ。高価な素材と工法をふんだんに使った贅沢なシャシーでもある。他のメーカーのエンジニアにしてみたら羨ましい限りだろう。そして恐らく日本のホンダのエンジニアにとっても……。NSXは開発も生産も米国拠点で行われている。いたずらにナショナリズムを振りかざすつもりはないが、それでも日本人としては一抹の寂しさを覚える。

●わずかに残る不安とそれを上回る期待

 さて、NSXは果たして乗ってみたらどうなのだろうか? そこには少しだけ疑いがある。それはSH-AWDを最初に搭載したレジェンドの記憶があるからだ。駆動力で曲がるためには、旋回中はアクセルを踏まなければならなかった。当然クルマは加速する。踏まないとクルマを曲げる力が弱まり、だらしないアンダーステアが顔を出すからだ。しかしずっとアクセルオンだとどんどん加速して行ってしまう。

 だからコーナーを抜けたらブレーキで速度調整をしなくてはならない。進入前に十分に減速するのはこれまでの運転メソッドと変わらないが、コーナーの進入でも旋回でもアクセルオン、抜けたらブレーキという奇妙な運転になる。そうしなければ恐らく時速180キロでリミッターが効くまでひたすら踏み続けることになっただろう。そんな運転はできない。

 NSXでは回生ブレーキを使うことができるので、そうならない可能性がある。というか、そうであって欲しい。

 話は再び動力源に戻る。ハイブリッドのメリットはモーターの低速駆動力の太さとレスポンス、それに高速でのエンジンのパワフルさをいいとこ取りできる点にある。しかし高速になるとモーターが足手まといになる。モーターは高回転になるとトルクが落ち、過熱する。これがモーターの寿命を縮めるのだ。NSXのフロントモーターは、クラッチを仕込み、時速200キロでモーターを切り離す仕組みが作られている。そういう部分まで手抜きをせずキチンと作られていることに好感が持てる。

 これまで読んで来て分かるように、ホンダは持てる技術を出し惜しみなく投入した。書き足せばキリ無く喝采を送るべき設計が成されている。今のところ、気になる点はアメリカナイズされすぎたデザインと、丸くないステアリングホイールの造形、それに電制ダンパーの3つだけだ。その先は乗ってみないと何とも言えない。

●販売の無策

 と、絶賛に近い原稿を書いた後で、一番の問題点を書かねばならない。

 八郷社長は国内でのNSXの販売予定数を聞かれて、年間100台と答えた。たったそれだけ? 特殊な技術がふんだんに投入されているため、生産の問題があるのかもしれないが、そうならないようにしないとビジネスが続けられない。新型NSXは確実にスーパーカーのリーグで戦うクルマだ。今度こそトップエンドグループで戦えるのではないか? スペックを見てもそれは明らかで、最大出力581馬力、最大トルク65.9kgf-mとなっている。そうなると価格の2370万円は安すぎる。シビックのTypeRで「FF車ニュル最速」を目指すよりも、NSXでスーパーカー最速を目指すべきだったのではないかと思う。

 それを販売予定台数100台とはどういうことか? ピンと来ない方もいるだろうから、以下、一般社団法人日本自動車販売境界連合会の2015年度統計より、月別の販売台数を抜き出して2015年の12カ月分を筆者が集計してみた。

・ポルシェ 6674台
・マセラティ 1449台
・フェラーリ 720台
・ランボルギーニ 249台
・マクラーレン 93台

 スポーツカービジネスの憧れの的であるポルシェが別格なのは分かるとして、本来マセラティと同等には売るべきではないか? 百歩譲ってもフェラーリの半分くらいは売らないとエンジニアが気の毒だ。

 発表会の質疑応答で、ホンダのビジネス全体の中でNSXが果たす役割はと尋ねられて、イメージアップによってフィットやフリードの販促に効果があると答えたのも、どうもしっくり来ないし、多くの人が心配する継続生産のための方策はあるのかという問いには回答すらなかった。

 ホンダの最大の問題はそこにある。各車のTypeRにも、ビートにも、S2000にも、先代のNSXにも熱烈なファンがいたのだ。もの凄いクルマを作ることは尊敬に値するが、それをみな生産中止にしてしまう。サステナビリティは顧客に提供する価値の基本ではないか?

 販売的無策によってその価値が提供できないことはホンダブランドの信頼を落としている。初代NSXはキチンと生産を続けていれば、恐らくポルシェ911と戦える商品になっていたと筆者は信じている。欠点が無かったとは言わないが、それだけのクルマだった。ホンダファンの期待に応えるためにも、設計以外のことをもう少し近代化すべきタイミングだと思う。

(池田直渡)

最終更新:8月29日(月)16時39分

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