ここから本文です

【あの時・不死鳥 美空ひばり】(4)ノーカット映像に残された一瞬の「舌打ち」

スポーツ報知 8月29日(月)14時0分配信

■走り抜けた2時間半

 ひばりの主治医だった済生会福岡総合病院・小川滋はのちに、長男・加藤和也に当時のひばりの容体をこう説明している。「プールの中に入って、水圧がかかったまま、歌ったり話したりを続ける状態」。想像を絶する疲労感。ひばりはたった一人で2時間半を走り抜いた。

 「人生一路」を歌い終え、ひばりは花道を歩き出した。リハーサルではとても渡りきれる状態ではなかった。和也も岸本加世子も、無意識のうちに、花道を歩くひばりの後を追っていた。倒れたらすぐに、駆け出して受け止めようと、本能的に感じていたのかもしれない。しかし、ひばりは四方八方のファンに手を振り、投げキスまでするサービスぶり。残っているのは気力だけだった。

 ペンライトが揺れる。森英恵がデザインした深紅のドレスを身にまとったひばりは、センターからバックネット裏まで100メートルを歩ききりガッツポーズ。そのまま白い煙と花火の中に消えていった。岸本は今でも、その光景を思い出すという。「ゴールしたところで、ひばりさんは花道からバックヤードに倒れ込みました。誰が受け止めたまでは分からなかったけど、たぶん和也さんだったと思います。ドライアイスがシュパーッってなった瞬間がスローモーションのように見えた。脱力、安心…。その場に立ちつくしました」。長い一日が終わった。

■「女王復活」

 「女王復活」。圧巻のパフォーマンスのコンサートは伝説となり、マスコミはひばりの本格復帰を祝福した。岸本も「体調のことはもちろん心配でしたが、これが復活の第一歩だと私も信じて疑わなかった」と回顧する。しかし、あの日のステージに満足をしていなかったのは、他でもないひばり自身だった。

 そのことに和也が気づいたのは、ひばりが亡くなった数年後のことだった。仕事で東京ドームのコンサート映像のノーカット版を見ていたときのことだ。「『人生一路』を歌い終え、マイクスタンドを置いて歩き出す。一瞬、『チェッ』って舌打ちをして、小首をかしげていたんです。独特の表情というか…たまらん顔をしていました」。現在市販されているDVDなどにはその表情は収録されていない。

 「本人が一番実感しちゃったんだと思います。『来たか、このときが』って。アスリートと一緒です。あそこのファルセットがきつかったな、とか、声が思うように出ない、とか…。今までラクにできていたことが、自分のなかでできなくなっちゃった」。第一線を走り続けてきたからこそ、達成感だけで終わらせることはできなかった。次こそは完璧なステージを―。ひばりの新たな目標が決まった。(宮路 美穂)=敬称略=

最終更新:8月29日(月)14時0分

スポーツ報知