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【白球つれづれ】広島が日本一、熱狂した日

ベースボールキング 8/29(月) 19:01配信

白球つれづれ~第22回・広島~

 智将・古葉竹識が人目も憚らず泣いた。山本浩二も衣笠祥雄も外木場義郎も歓喜に身を任せ勝利に酔いしれた。興奮したファンがグラウンドになだれ込む。みんなが声にならない声を上げて泣いていた。

 場所は敵地の後楽園球場(現東京ドーム)なのにそこはカープ一色。大歓声とともにナインの手で古葉の体が宙に舞った。1975年10月15日。「弱小球団」のレッテルを貼られ続けてきた広島にとって球団創設から26年、実に3397試合目で初めて手にしたセ・リーグの覇権だった。

 それから5日後に地元に凱旋するとその熱狂はさらに高まっていった。当時の広島市の人口の約半数にあたる30万人が平和大通りで行われた優勝パレードに駆けつけて酔いしれた。

 その初優勝から数えて41年。山本浩二監督時代の91年を最後に優勝から遠ざかっていた広島東洋カープに今度は25年ぶりの歓喜の時がやってこようとしている。

経済効果は278億円?!

 8月23日から行われた2位・巨人との3連戦に勝ち越してマジック点灯。もう行く手をさえぎる者はいない。広島市内では優勝のカウントダウンボードや必勝の垂れ幕が掲げられてあとは歓喜の時を待つばかりだ。

 このほど地元の中国電力エネルギア総合研究所が発表した経済効果は278億円。昨年、黒田博樹がメジャーから「男気復帰」を果たし、カープ女子も社会的な関心を呼ぶなど観客動員は200万人越えを記録。その勢いに今季はクライマックスから日本シリーズ進出まで見越せばさらに30億円増を期待できるという。

「赤ヘル」の所以

 今でこそ「赤ヘル」イコール広島が定着したが、この赤ヘルを最初に着用したのが初優勝時の75年のことだった。この年に初の外人監督として就任したジョー・ルーツは様々なチーム改革に着手する。グラウンドでは闘志を前面に出すファイティングスピリットを選手に要求。さらに「野球に対する情熱を形にしよう」と帽子、ヘルメットをこれまでの青から燃える赤に変更した。もっとも当時の記録を調べると「小学校の運動会みたい」と恥ずかしがった何人かの選手はキャンプ初日には無帽で現れたという。チームカラーに定着したのも初優勝のおかげだったのかもしれない。

 そんなルーツ率いる赤ヘル軍団の栄光への道のりは波乱万丈のものだった。

 開幕直後の4月末の阪神戦。ストライク、ボールの判定に以前から不満を抱えていた指揮官は8回、佐伯和司の投じた1球がボールと判定されると猛抗議。さらに審判の胸を小突き退場を宣告されてもホームプレート上で5分10分と動かない。

 このままでは放棄試合かという重大局面に代表の重松良典が懸命の説得で事なきを得たが怒りの収まらないルーツは3日後に退団。コーチの野崎泰一の代行をはさんで古葉竹識が監督に就任したのは5月3日のことだった。結果としてはこれが勝負の吉と出た。

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最終更新:8/29(月) 19:14

ベースボールキング

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