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「美食の国」イタリアで、“ベジタリアン・シティ”構想が盛り上がっている背景

ITmedia ビジネスオンライン 8月30日(火)7時42分配信

 英国史上2人目の女性首相となるテリーザ・メイ、女性初の東京都知事に就任した小池百合子、イタリアの首都ローマで初の女性市長になったビルジニア・ラッジなど、いま世界中で女性政治家の活躍がめざましい。

【子どもたちの栄養は大丈夫?】

 イタリアのトリノでも、2016年6月に新しい女性市長が誕生している。若干32歳のキアラ・アペンディーノだ。

 そしていま、アペンディーノ市長が掲げているマニフェストが、イタリアで大きな話題になっている。

 そのマニフェストとは、トリノ市全体を「ベジタリアン・シティ」にするという、かなりチャレンジングな提案だ。「美食の国」イタリアにあって、まさにケンカを売るようなマニフェストなのだが、その提案の背景には意外な事実があるようだ。

 イタリア料理といえば、地方の郷土料理が融合したもので、肉は欠かせない。トリノでは、仔羊の肉にツナソースがかかった、vitello tonnto(ヴィテッロ・トンナート)やピエモンテ風肉詰めラビオリのAgnolotti alla piemontese(アニョロッティ・アッラ・ピエモンテーゼ)などが名物料理だ。

 市のベジタリアン化を推進すれば、伝統ある食文化に危機を及ぼすことになるのは間違いない。多くの市民が心配するのも無理はないだろう。

 そんな文化を尊重せずに、マニフェストを進める理由はいったい何なのか。アペンディーノ市長によると、ベジタリアン化の理由は、地元の伝統的なイタリア料理店や産業を潰そうとしているわけではなく、環境問題にある。

 環境問題と言われてもピンとこないが、肉の消費量を減らすこととどんな関係があるのか。実は、食肉を生産するためには、家畜などで大量の餌や水、土地やエネルギーなどが必要になる。肉の消費量を控えることで、効率よく二酸化炭素(CO2)の排出量を減らすことができるのだ。言うまでもなく、CO2は地球温暖化の原因のひとつとされている。

 つまり、温暖化対策のために市が先導して菜食主義に移行しようとしているのである。

●国政を巻き込んだ騒動に

 ただ現在のところ、家畜が環境破壊につながっているという認識が一般的には低いため、共感を得にくい状況にある。そこでその事実を知ってもらうために、学校などでどう地球や動物を守りながら栄養バランスのとれた食事をとるのか、まず子どもたちを対象にして教育するプロジェクトを立ち上げる計画だという。

 しかし、このマニフェストが国政も巻き込んだ騒動になっている。イタリア議会で異議を唱える意見が挙がり、8月に女性議員によってベジタリアン食を子どもに強要させる親を罰する法案が提出された。

 ベジタリアンの食事では子どもの成長に必要な栄養素が十分に摂取できないことを、この法案は問題視している。もし子どもにベジタリアン食を強要して有罪になれば、親は最大で4年、また、子どもが病気になった場合は最低でも2年以上の禁固刑が課されることになる。

 かなり強硬な法案だと言えるが、法案が提出された背景には、近年ベジタリアン食の強要がイタリアで問題になっていることがある。象徴的な例は、2016年にベジタリアン食で子どもが栄養失調になった事例だ。

 ミラノで起こったこのケースでは、ベジタリアン食で育てられていた1歳の男児が病院に運ばれたのだが、体重が生後3カ月の子どもと同じ5キログラム程度しかなかったそうだ。血液を調べたところ、男児は栄養失調でカルシウムの数値はかろうじて生存できる程度で、心臓の状態が悪く緊急手術を受けることになった。

 もちろん成長過程の子どもへの行き過ぎた食事制限は問題だが、一方で、ベジタリアン食にはメリットもあり人気が出ているのも事実だ。トリノでは、ここ数年で急激にベジタリアン向けのレストランが増えている。現在30件ほどあるレストランのほとんどが、最近オープンしたばかりだという。

●イタリアで浸透しつつあるベジタリアン食

 2016年2月には何かとお騒がせなシルビオ・ベルルスコーニ元イタリア首相がベジタリアンになると宣言をしたことで話題になった。実はあまり知られていないが、「美食の国」のイタリアはベジタリアン人口がEUで最も多く、人口の10%を占めていると言われている。ちなみに、ベジタリアンが多いという印象のある米国では、人口の7%ほどがベジタリアンで、イタリアには及ばない。

 ベジタリアン食は「美食の国」イタリアで浸透しつつあるようだ。そして今後、イタリアではベジタリアン食をめぐる議論がさらに活発になるとみられている(ちなみに市長も議会議員も若い女性ということで女性同士のぶつかり合いと煽るメディアもある)。

 かつて世界的な運動に発展したスローフード発祥の地であるピエモンテ州から、また新たなムーブメントが生まれるかもしれない。

 しばらくイタリアのベジタリアン論争から目が離せなさそうだ。

(藤井薫)

最終更新:8月30日(火)7時42分

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