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リオ超人烈伝「初の国際舞台で得た教訓」 ~パラカヌー・瀬立モニカ~

カンパラプレス 8/30(火) 18:10配信

 リオデジャネイロ大会で、初めてパラリンピックの正式種目として行われるパラカヌー。日本人唯一の代表選手が、18歳の瀬立モニカだ。

 瀬立にとって、忘れることのできない、いや忘れてはいけないレースがある。昨年、初めて出場した世界選手権だ。決勝のレース、瀬立はスタートで艇が右方向に曲がるという大きなミスを犯した。その結果、一度スピードを落として、艇の進路方向を修正しなければならなかった。他の艇が加速していく中、瀬立は一人大きく後れをとり、結果的に最下位となった。

 当初、進路方向が曲がった要因は、スタートでの技術的なミスだった、と考えていた。しかし、何度もレースのビデオを観ているうちに、そうではなかったことに気が付いた。

「レースでは、スタートの瞬間に『あ、ミスをした!』と思って慌てました。でも、ビデオで見る限り、スタートは決して悪くないんです。にもかかわらず、勝手に『ダメだ』と思い込んでしまった。それって何なんだろうって考えた時に、戦闘放棄だったんじゃないかって。無意識にですが、ミスをしたと思い込んで、勝負から逃げたんです。気持ちが曲がれば、当然、艇も曲がる。最低なレースをしてしまった、と思いました」

「選手として、あるまじき行為」と瀬立は自分自身を責めた。そして、心に誓ったのだ。二度と同じ過ちは繰り返さないと。世界選手権後、彼女は携帯のトップ画面を、そのレースの結果が記されたタイムリストの画面にした。それを見る度に、気持ちを奮い立たせてきたのだ。

 今年5月に行われた、リオデジャネイロパラリンピック最終予選、緊張しながらも強い気持ちは少しも揺るがなかった。
「自分に負けるレースは絶対にしない」
 1年前とは違い、艇は曲がることなく、しっかりとゴールへ向かっていった。それが、リオへとつながっていったのだ。

競技人生を支える唯一無二の存在

「コーチがいなければ、今の私はありません」
 瀬立の競技人生に、欠かすことのできないのが西明美コーチの存在だ。

 健常の西コーチにとって、体幹を使うことのできない瀬立を指導することは、実は簡単なことではない。自らが経験したことのないことがほとんどだからだ。パラカヌーのなかでも、体幹や足の踏ん張りが効かない瀬立のクラスは、特に難しい。それでも可能な限り、瀬立の体になったつもりでイメージしてトレーニングメニューを考えているという。そして、それを瀬立自身がアレンジしていく。こうして、2人で試行錯誤しながら、ここまでやってきた。

 瀬立が、西コーチとの関係がより深まったと感じているのが、今年3月に行われたハワイでの自主トレーニングだ。約2週間、2人は同じ時間に起きて、食事を共にし、そしてトレーニングに励んだ。夜は、同じベッドで寝た。瀬立は、より西コーチとの距離が縮まったような気がしたという。

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最終更新:9/7(水) 7:51

カンパラプレス