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リオ超人烈伝「試練の日々を乗り越え、挑むリオ」 ~水泳・木村敬一~

カンパラプレス 8月30日(火)18時20分配信

 昨年7月、英国・グラスゴーで行われた世界選手権、100メートル平泳ぎ、100メートルバタフライで2冠を達成し、誰よりも早く内定を決めたのが木村敬一だ。その木村にとって、リオデジャネイロパラリンピックは、「出場したい」と思っていた北京、「メダルを取りたい」と思っていたロンドンと、過去の2大会とは違う意味合いがある。
「金メダルを取らなければならないと思っています」
 それは、自分自身に言い聞かせた必死の「覚悟」のように感じられた。

無欲のメダル獲得後、芽生えた金への意欲

 4年前、木村にとって2度目のパラリンピックとなった2012年のロンドン大会は、厳しい幕開けとなった。大会3日目の9月1日、50メートル自由形。木村にとっては「メダルを取るならこれしかない」と、かけていた種目だった。ところが、その思いが強すぎたのか、「いつも通り」の泳ぎはできず、結果は5位。

「これで、もう終わった……」。
 北京大会で叶わず、「どうしても取りたい」と思い続けてきたメダルは、またも自分には届かなかった――。
「この4年間は、いったい何だったんだ……」
 心は完全に折れてしまった。

 ところが、その2日後、木村は100メートル平泳ぎで、堂々の銀メダルを獲得した。果たして、どう気持ちを切り替えたのか。
「もうメダルは無理だと思っていましたから、いい意味で開き直れた。それが大きかったですね。正直、次のレースでも完全には気持ちを切り替えられてはいませんでしたが、それでも水中に入ったら自然と体が動きました。勝ち負けのことを考えずに泳げたのが、かえって良かったのだと思います」

 結局、その後100メートルバタフライでも3位に入り、開幕前、「ひとつでもいい」と思っていたメダルを2つも獲得することができた。当時はその結果に、十分満足していた。しかし、彼の気もちはそこで止まることはなかった。

 帰国後、当時大学4年生だった木村は、教育実習、卒業論文などに追われ、また友人との卒業旅行を楽しむなど、最後の大学生活を満喫した。だが、その間にも常に頭には4年後のリオデジャネイロ大会のことがあった。金メダルへの思いが、沸々とわいてきていたのだ。

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最終更新:8月30日(火)18時20分

カンパラプレス

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。