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学校のプールで「水泳帽子」をかぶるようになったワケ

ITmedia ビジネスオンライン 8月31日(水)6時25分配信

 小学生のときのプールの授業を思い出していただきたい。水の中に入る前に、シャワーを浴びて、体操をする。そして、水泳帽子をかぶって、先生の指示に従って泳ぎ始める。

【70年代後半に発売した水泳帽子】

 なんてことのないごく普通の光景だ。では、ここで質問。水泳帽子はどこのメーカーでしたか? このように聞かれて、即答できる人はほとんどいないはず。多くの人は「そんなこと考えたこともないよ」と思っただろう。

 その昔、学校のプールで帽子を着用する子どもたちはいなかった。いまではちょっと考えられない話かもしれないが、そんな環境の中で50年ほど前に「水泳帽子」を開発し、「市場」をつくってきた会社がある。東京の下町・両国に拠点を置く「フットマーク」という会社だ。

 「ほほー、そんな会社があるのね」と感じられたかもしれないが、驚くのはまだ早い。実はこの会社……介護用のおむつカバーも開発していて、いまでは当たり前のように使われている「介護」という言葉も生み出していたのだ。「な、なんと! スゴい会社だなあ。名前は知らなかったけれど、大企業なんでしょ」と想像されたかもしれないが、現在の従業員は60人ほど。水泳帽子や介護用のおむつカバーを世に送りだしたときには、もっと少なかったのだ。

 いまの時代、優秀なエンジニアがいれば、ヒット商品を生み出すことも不可能ではない。事実、少人数のスタートアップ企業が商品やサービスを開発して、売れているケースがある。一方、当時のフットマークには理系の人間がひとりもいなかった。文系集団が「このままではいけない。なんとかしなければ」「困っている人たちをどのようにしたら助けることができるのか」といった思いだけで、次々にヒット商品を……いや、これまでになかった市場をつくってきたのである。

 さらに、スゴいのは“一発屋”ではないことだ。新しい商品を出して、「はい、おしまい」ではなく、ロングセラーとしていまも売れ続けている。下町にある少人数の会社が、なぜ市場をつくりだすことができたのか。そのヒントを探るために、同社の磯部成文会長に話を聞いた。聞き手は、ITmedia ビジネスオンラインの土肥義則。

●水泳帽子をつくり始めた

土肥: フットマークは1946年に創業(当時は磯部商店)して、赤ちゃん用のおむつカバーをつくっていたそうですね。布おむつだけではおしっこが漏れてしまうので、尿漏れを防ぐためにおむつカバーをつくっていたわけですが、そのような会社がなぜ水泳帽をつくったのでしょうか?

磯部: 夏の時期はおむつカバーの売り上げが落ちるんですよ。なぜか。夏は暑いので、おむつカバーを着けていると、赤ちゃんのおしりが蒸れてしまう。できるだけ涼しく過ごさせたいので、着用させない親が多かったんですよね。あと、洗濯をしても夏は乾きが早い。雨が数日降らない限り、「おむつカバーが足りない」ケースがなかったんですよね。この2つの理由で、夏は売り上げが落ちていました。

 おむつカバーは、当時「女工(じょこう)」と呼ばれる人たちがつくっていました。でも夏は売り上げが減少するので、何もしない時間ができてしまう。よくないサイクルに陥っていたので「夏に売れる商品を開発しなければいけない」という方針を掲げました。いろいろ考えてみて、当社で海水用の帽子をつくっていることに着目しました。

土肥: 海水用の帽子?

磯部: はい。女の子がかぶるモノだったのですが、それほどたくさん売れていたわけではありません。海に行っても、20~30人に1人くらいしかかぶっていませんでした。なぜ海水帽子をつくっていたかというと、おむつカバーの素材を生かしていたんですよね。当時のおむつカバーは、おしっこが漏れないようにナイロンでつくっていました。

土肥: ちょ、ちょっと待ってください。おしりに使っていた技術を、頭に流用したわけですか?

磯部: はい。おむつカバーで漏れにくい素材をつくっているのであれば、それを応用して「水泳用の帽子もつくれるのでは」という発想ですね。

 「夏に売れるモノはないか」「海水帽子をつくっている」ということで、学校のプールの授業で帽子を使ってもらうのはどうか? と考えました。近所にある学校の先生に話を聞いたところ、2つの課題を抱えていることが分かってきました。

土肥: その課題とは?

●開発当初は全く売れなかった

磯部: 1つは、誰が泳いでいるのか分からないということ。プールの中に入っていると、誰が泳いでいるのか分からない。そこで、帽子に名前を書けるようにして、誰が泳いでいるのか分かるようにしてほしい、という声がありました。

 2つめは、衛生上の問題。プールで泳いでいると、どうしても髪の毛が抜けてしまう。たくさんの髪が抜けてしまうので、プールの水が汚くなってしまう。そこで、帽子をかぶることで水質の悪化を抑えてほしい、という声がありました。

土肥: なるほど。現場の先生たちも水泳帽子はノドから手がでるほどほしかったわけですね。

磯部: 早速、商品をつくって、営業に回りました。ジュラルミンケースに水泳帽子をたくさん詰め込んで、夜行列車に乗って鹿児島に向かいました。目的地の鹿児島駅に到着して、駅前にある電話ボックスに駆け込み、職業別電話帳で問屋を探しました。

 なぜ問屋かというと、当時はメーカーが直接消費者に売り込んではいけない、という商習慣があったから。水泳帽子で言えば、小売りや学校に足を運んで営業をしたい。でも、できないんですよね。商習慣を無視するわけにはいかないので、問屋を回って「水泳帽子いかがですか?」と声をかけまわったのですが、全く売れないんですよ。

土肥: どういうことですか? 学校の先生はプールの授業のときに困っていたんですよね。帽子をかぶれば「誰が泳いでいるのかが分かる」「水質悪化を防ぐ」ことができるのに。

磯部: 問屋は水泳帽子を見たことも触ったこともないので、学校で使うことがイメージできないんですよね。「なに、これ?」「どうやって使うの?」といった感じ。問屋というのは、基本的に小売りが「こういうモノがほしい」というニーズを受けて、商品を並べるわけです。当時、小売りから「水泳帽子を売ってくれないか」という声がなかったので、問屋は扱うことができなかったんですよ。

 こちらがチカラを込めて説明していると、「そんなに熱心に言うんだったら、小売りで説明してきてよ」と言ってくれました。問屋では話にならなかったので、小売りに行って商品の説明をしたのですが、ここでもダメでした。小売りも水泳帽子の存在を知らないので、「なに、これ? どうやって使うの?」といった反応でした。そりゃあ、そうですよね。当時は誰も使っていないので、知っているわけはありません。

 問屋に行っても「小売りに説明してくれ」と言われ、小売りに行っても「問屋に説明してくれ」といったことを繰り返していました。

土肥: たらい回しのようですね。

●おむつカバーを頭にかぶることも

磯部: でも、なんとかして水泳帽子を普及させたいので、鹿児島から北上することに。特急が停車する駅で降りて、近くにある電話ボックスに駆け込む。問屋の電話番号を調べて、アポをとって営業に回る。そして、ときには小売りも回る。でも、商談はまとまらない。仕方がないので次の駅へ……といった形で、北海道の紋別まで行きました。

土肥: それだけ回れば、少しは売れた?

磯部: いえ、ダメでした。水泳帽子はおむつカバーの素材を使っているので、おむつカバーを頭にかぶることもしました。

土肥: えっ、そこまで!?

磯部: でも、売れませんでした。仕方ないので、再び夜行列車に乗って、鹿児島に向かいました。特急が停車する駅で降りて、近くにある電話ボックスに駆け込んで……そんな生活が3~4年続きました。でも、売り上げはさっぱり。このままではいけないということで、学校にカタログとサンプルを送ることにしました。でも、切手代がかかるので、まずは生徒数が多い学校から送ることにしました。

土肥: いまでいうDMですね。結果、学校から電話がじゃんじゃんかかってきたとか?

磯部: いえ、まったくありませんでした。なぜか。学校の先生が直接メーカーに連絡をするという商習慣がなかったから。先生は小売りに「水泳帽子ってあるかな?」と言っていたそうですが、小売りは商品のことをよく知らないので「ちょっと、問屋に聞いてみますね」となって、その連絡を受けた問屋は「ちょっと、メーカーに聞いてみますね」といった流れで、やっとこちらに連絡がきました。水泳帽子を発売してから、5年が経ってようやく売れ始めました。

●「できません」と言ったこはない

土肥: ま、まどろっこしいですね。いや、まあ商習慣なので、仕方がないですね。商品を開発してから5年が経ってようやく少しずつ売れ始めたということですが、よくその間我慢されましたね。鳴かず飛ばずの5年間、どういったことを考えながら、営業をされていたのですか?

磯部: ひとりで営業をしていたのですが、うーん……何を考えていたんだろう。(沈黙、約3分)思い出せないなあ。

土肥: 交通費もかかるわけですし、人件費もかかる。会社は何も言わなかったのですか? 「早く結果を出してよ」といった感じで。

磯部: 何も言ってこなかったですね。裕福な会社ではありませんでしたが、おむつカバーで多少の利益が出ていたので、水泳帽子が売れなかったことについては目をつぶっていたのでしょう。

 いまは「対前年比で売り上げはいくら?」とか「利益率はどのくらい?」とか、いろいろなことを数値化することができますよね。当時ももちろん数値化できる部分はありましたが、いまほど細かくありませんでした。当社もそれほど細かくなかったので、水泳帽子が売れない期間が5年もあったのにもかかわらず、何も言ってきませんでした。

土肥: もし会社が、あれやこれやとうるさいことを言ってきたら、水泳帽子の営業ができなくなっていたかもしれない。自由にやらせてもらったので、1970年代半ばに学校で水泳帽子の着用が広がったのでは?

磯部: かもしれません。

土肥: 学校で水泳帽子の採用が増えていったわけですが、現場からはどのような声がありましたか?

磯部: いろいろな声がありました。例えば「ウチの学校は学校色があるので、それと同じ色にしてくれませんか?」とか「ウチの学校は1年生は赤色、2年生は黄色、3年生は……学年別に用意してくれませんか?」とか「横の部分に青色の線を入れてくれませんか?」とか「前の部分に名前を書けるようにしてくれませんか?」といった具合にたくさんありました。

 そうした要望をひとつひとつお聞きしてつくるわけですが、それはいまでも変わりません。「ウチの学校は○○にしてほしい」という声があれば、それを聞いて納品しています。

土肥: ムチャな要望があって「それはちょっと無理ですよ」とお断りしたことは?

磯部: ないですね。これまで「できません」と言ったことはありません。

土肥: 「面倒くさいなあ」「いまは忙しいから、断ろうか」と考えたことは?

磯部: それもないですね。メーカーの立場として、何を言われてもつくるのは当たり前と思っていますので。

●水泳帽子、差別化はどのように?

土肥: 1970年代の前半までは、プールの授業で生徒は水泳帽子をかぶっていなかった。しかし、1970年代の半ばから徐々にかぶり始めたんですよね。ということは、その光景を見て「なんだこれは!? ウチでも水泳帽子をつくったら儲かるはず!」と考えた会社があるのでは?

磯部: 「水泳帽子が売れる」ということが分かれば、当然他社も黙っていません。いくつかの会社が参入してきました。

土肥: 失礼な話、水泳帽子って複雑なモノではないですよね。アパレルメーカーであれば、つくろうと思えばつくれるはず。差別化をどのようにして図ってきたのでしょうか?

磯部: 2つあるかなあと。1つは先ほども申し上げましたが、現場からの要望に「それはできません」とお断りしたことがないこと。

 もう1つは、次々に新商品を出してきたことかもしれません。例えば、初期のころの帽子をかぶって泳いでいると、帽子と頭の間に空気のたまりができていました。空気のたまりができると泳ぎにくいので、次にメッシュの素材を使った帽子をつくったところ、その課題を解決することができました。次に「もう少し伸びたらいいなあ」という声があったので、伸縮性のある素材を使った帽子をつくりました。

 現場からの声だけでなく、こんな風にしたら生徒さんたちは使いやすいのでは、といったことを考え、新製品を出してきました。「差別化は何ですか?」というご質問に、2つの答えを出したましたが、合っているかどうか分かりません。ただ、私たちがチカラを入れてやってきたことは、この2つなんですよね。

●24時間、水泳帽子のことばかり考えている

土肥: 「新しい商品をどんどん出してきた」ということですが、これって言うのは簡単ですよね。ド素人の私でもひょっとしたら、2~3種類はアイデアが浮かぶかもしれません。もちろん、売れるかどうかは別にして。50年近くも水泳帽子をつくってきて、「あー、もう新しいアイデアなんて浮かばないよ。これで終わり」と思ったこはないですか?

磯部: うーん、それはないですね。24時間、水泳帽子のことばかり考えているので、「こんな帽子はどうかな」「あんな帽子はどうだろう」といったことばかり想像しています。

土肥: これまでどのくらいの種類をつくられたのですか?

磯部: 累計は……ちょっと分からないですね。いわゆる特注を含めると、膨大な数になりまして。常時扱っているのは、30種類ほどです。

土肥: 要望を受け入れながら、改良に改良を重ねる。ものすごい「粘り」を感じることができすが、今後も改良に改良を重ねていく予定ですか?

磯部: もちろんです。「これで終わり」「これ以上のモノはできない」という気持ちになれば、本当に“終わり”ですから。これまでのように、改良に改良を重ねながら、これまでになかったモノをつくっていかなければいけません。

 水泳帽子を開発した当初は、小学生用につくりました。しかし、いまは違う。赤ちゃんもかぶりますし、大人、お年寄りもかぶります。また、泳ぐだけでなく、運動される人もいますし、歩く人もいます。プールという狭い空間の中ですが、使われ方は多様化してきました。時代の流れに取り残されないようにしなければいけません。

土肥: その昔、「欧米企業に比べて、日本企業は商品を開発するのが苦手」と言われてきました。しかし、「日本企業は消費者の声を聞いて、より使いやすく改良することが得意」とも言われてきました。考えてみると、フットマークはその両方を兼ね備えているような。だから水泳帽子の市場で“独泳”しているのかもしれません。

 次に、介護おむつカバーの話を聞かせていただけますでしょうか? 「介護」という言葉がなかったころに、おむつを必要とするお年寄り向けのおむつカバーを開発されました。そもそもどういったきっかけで、つくられたのでしょうか?

磯部: それはですね……。

(つづく)

最終更新:8月31日(水)6時25分

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