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黒木和雄監督没後10年…反戦と平和へのメッセージ色あせず

シネマトゥデイ 8月31日(水)22時26分配信

 2006年に逝去した黒木和雄監督が訴えかけた平和への思いを映し出すドキュメンタリー映画『映画作家 黒木和雄 非戦と自由への想い』が27日、大分県由布市で開催された第41回湯布院映画祭で上映され、後藤幸一監督、撮影監督の高間賢治、岩村修プロデューサーが故人への思いを語った。

 黒木監督は『紙屋悦子の青春』『父と暮せば』『美しい夏キリシマ』『TOMORROW 明日』などの傑作を通じて、戦争がいかに市井の人々の暮らしを破壊していくか、大切な人を奪い去ってしまうかを訴えかけてきた。1970年作品『日本の悪霊』から『原子力戦争 Lost Love』まで8年、黒木監督を支えてきた後藤監督は、「助監督から監督になって、(黒木監督の)恐怖のあり地獄からはいあがったなと思ったんですが、結局亡くなるまで公私ともにお付き合いすることになりました」と笑顔で述懐。昨年の戦後70年という節目に、師である黒木監督にあらためて向き合いたいと思ったとき、本ドキュメンタリーの企画が寄せられたという。

 15歳の時に敗戦を迎えた黒木監督は、軍国少年であったことの悔恨の思い、戦争から生き残ってしまったことへのうしろめたさが創作の原点であった。その反戦と平和への思いは、現代においてもなお鮮烈に響きわたる。「黒木監督は亡くなるずっと前から、日本が危険な道に行くという危機感を抱いていた」と語る後藤監督は、そのメッセージが今でも色あせないことを強調する。

 晩年は、天才監督と呼ばれて将来を期待されながらも、戦争のために28歳の若さで亡くなった山中貞雄監督を題材とした映画を作ることに意欲を燃やしていた黒木監督。

 「ご存じの人もいるかもしれないけど、『美しい夏キリシマ』をやるときに、黒木さんが最初に持っていった企画が山中貞雄だった」と切り出した後藤監督は、「プロデューサーの仙頭武則さんが、『2億円くらいなら大丈夫。でもなんでやりたいんですか?』と聞いたところ、戦中にこういう話があって……と自分の話を始めたら、そっちの話の方が面白いとなって。それで『キリシマ』をやることになった。あの時に自分の話をしなかったら山中貞雄の企画ができたのに。でもそれも人生ですね」と懐かしそうな顔を見せた。(取材・文:壬生智裕)

『映画作家 黒木和雄 非戦と自由への想い』は11月にユーロスペースにて上映予定

最終更新:8月31日(水)22時26分

シネマトゥデイ

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。