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新世代のハイエンド音源、「MQA」の圧倒的な魅力

ITmedia LifeStyle 8月31日(水)22時40分配信

 英MQAが開発した最新のオーディオ・コーデック「MQA」(Master Quality Authenticated) 。MQAエンコード音源の配信が、続々と開始されている。これまでこの連載でも何度か取り上げてきたが、その原理から魅力までを麻倉怜士氏が開発者であるボブ・スチュアート氏直伝で大いに語る。麻倉氏によると、MQAは“本物の音”を聴くことができる「新世代のハイエンド音源」だそうだ。

ボブ・スチュアート氏が「オーディオおり紙」と表現する圧縮技術の原理

麻倉氏:今回はMQAオーディオの話題をお話しましょう。MQA音源の配信がいよいよ日本でもスタートし、e-onkyo musicなどで2LやスペインEudora Recordsなどの音源をリリースしました。7月中にUNAMASレーベルが10タイトルを、今後HQMストアではカメラータ・トウキョウの音源を配信する予定です。デコーダーもオンキョー&パイオニアのDAP(デジタルオーディオプレーヤー)や、英Meridianの「EXPLORER2」や「PRIME」など、すでにいくつかの対応品が出ています。Mytek Digital「Brooklyn」や、本国では発表済みの「Manhattan II」はDSD 11.2MHzにも対応し、再生環境もミドルレンジからハイエンドまでそろいつつあります。

――これまでオーディオショウなどで取り上げられてきたMQA音源が、いよいよ実際のファイルとして手に入るのですね。身近な所ではオンキヨー「DP-X1」やパイオニア「XDP-100R」といった人気のポータブル機がMQAに対応しているので、恩恵を受ける人は多いのではないでしょうか

麻倉氏:なぜ今、MQAかという理由は2つあります。1つは信号処理における効率の問題で、開発者であるMeridian創業者のボブ・スチュアート氏(現在はMQA社会長)が言うには、「サンプリングレートと量子化ビットの数字を上げれば音が良くなるという従来の常識は、実はある程度で頭打ちになるのです。高スペック領域でいたずらにスペックアップを図っても伸び代はあまりなく、となると低いスペックでも別のアプローチを取れば、よりリソースを効率的に使えるのではないでしょうか」とのことです。

――ボブ・スチュアート氏が言う「オーディオ折り紙」という考え方ですね。低域の小音量データ部に高音域情報を“畳み込む”という斬新な発想で、MQAはデータ量の圧縮に成功しています

麻倉氏:もう1つは神経工学面からの理論的発展です。近年の聴覚心理学などの研究によると、人間が知覚できる時間解像度(インパルス・レスポンス)はCD時代など従来想定されたものよりもかなり細かく、これを再生技術に反映させないと音楽が持っていたはずの生々しさが削がれてしまうということが分かってきました。これまでリニアPCM系ではサンプリングレートを拡大してきましたが、それに対してMQAは“時間軸解像度”という考え方に目を向け、これを細かく刻むことで生々しさを感じるような仕組みを目指しています。

――ここが大きなポイントですが、「そもそも時間軸解像度とは何ぞや?」ということが、おそらく多くの人が分かっていないと感じます。一体どういうものなのでしょうか?

麻倉氏:では、簡単に解説しましょう。時間軸解像度とは時間的な分解能のことです。ある時間単位の中で音の変化を認識できる度合いのことを指し、尺度は「数ミリ秒」や「数マイクロ秒」といった単位時間の細かさで表します。

――従来のリニアPCMでは量子化グラフの横軸を時間軸として表現していたと思うのですが、時間軸解像度を細かく区切るというのは、リニアPCMにおいてサンプリング周波数を向上させるのとどう違うのでしょうか?

麻倉氏:ここが勘違いのもとですね。リニアPCMは現実の音をサンプリングし、さらに量子化(整数化)します。なのでスペックを上げるには、単位時間あたりのサンプリング周波数を上げ、ビット数を増やせばよいのです。グラフにすると確かに「縦がDレンジで横が時間」なので、一見すると周波数特性(f特)を上げれば現実に近くなりそうですが、時間軸解像度という尺度では実際は必ずしもそうとは限らず、f特の向上が時間軸解像度に反映される部分は限定的です。

 対して時間軸解像度という考え方は、現実の時間と共に変化している波形をより区切って認識しようというもので、周波数分析からとりかかるPCMの解析方法とはスタート地点が既に異なります。従来、同一視されてきた、時間とともに変わりゆく波形とf特は実は別物であり、波形そのものをより細かく刻んで記録しようというのがMQA理論のミソなのです。

――なるほど、つまり従来リニアPCMの解説で便宜的に用いられてきた「量子化によるギザギザをより細かく区切りましょう」という考え方を“そのまま実践した”のがMQAの考え方ということですか。リニアPCMの原理である「高速フーリエ変換による周波数解析」という根本的な仕組みから見直しをはかったからこそ出てきた、画期的な発想の転換ですね

麻倉氏:生演奏は音が眼前で生まれるという感覚があり、同時に音に対する充実度やクリアな弱音の生々しさなどもあります。「ハイレゾ化してもなかなか伝えきれなかった生音の良さは、こういった部分に起因している」という問題意識からMQAの時間軸解像度という考え方は出発しており、これを何とか再現しようというのがMQAの目的ですね。

 技術的な利益としては、音が出た時に時間軸解像度が甘いと出てくる“プリエコー”や“アフターエコー”といったサイドバンドと呼ばれる音が少なくなります。これらは本来の音の前後に付随する余計な信号で、オーディオ的には音のにじみの原因となるノイズですが、時間軸解像度が細かいと「出るべき時にのみ音が出る」という、当たり前で正しい発音が得られるようになります。

 これがよく分かるのが、環境の中に音が広がり、その中に明確な音が分かる、というアコースティックな音源です。残響音などの響きは音量がたいへん小さく、それでいて時間とともに繊細な変化を見せます。この変化量を記録するキャプチャー能力に注目すると、従来のリニアPCMやDSDといった方式では感じられなかった音が、MQAでは明確に感じるのです。それがMQAの「生に近い」という感覚で、生音では感じていたはずの響きが、従来の記録方式では量子化誤差などで歪められていたことに気付かされます。

――サンプリング周波数の向上が時間的な高解像化につながるとは必ずしも限らない、ということはかなり重要ですね。「波形をデジタル化するとは、階段状のグラフに変換すること」という、従来の便宜的な理解は単純化されすぎていると示唆している様に感じます

麻倉氏:具体例として、MQAをテーマにした「ビックロ」のイベントでの話をしましょう。私がビックカメラで開いている毎月恒例の試聴会で、7月は「MQA特集」でした。HQMストアでリリースされているカメラータ・トウキョウ音源から「至高のコンサートグランド ファツィオーリ」というイタリアFAZIOLIピアノのソロ演奏と、「驚異のデュオ」ベルリン・フィルハーモニック・デュオという、ロッシーニのチェロとコントラバスのデュエット曲を収録した盤を聴きました。

 使用したDACはMelidianの「PRIME PRE/HEADPHONE AMP.」で、いずれもPCM 192kHz/24bitとMQAの比較です。FAZIOLIの192kHx音源はとても優秀な録音で、今回聴いたのはドビュッシーの「月の光」でした。「聖クローチェ美術館」というイタリアの美術館で収録しているのですが、カメラータ・トウキョウによるとこの美術館は非常に響きが良く、例えばヴィヴァルディ「四季」などといったイタリアもの新録音源はこの環境で録っているとのことです。

 肝心の比較結果はというと、192kHz音源はスッキリした響きで、ピアノからそのまま半円状に音が広がる、豊かな音場を感じました。対してMQAは響きの軌跡や色彩感、透明感が違いましたね。この色彩感というのが特長的で、192kHzはあまり色がなく、MQAと比較するとモノトーン的です。対してMQAは朱(あか)や蒼(あお)、あるいは七色といったように、実に色彩豊かな音があふれてきました。

 響きの色彩感というのは音楽において重用なファクターで、例えばスクリャービンという19世紀のロシア人ピアニストはこの色彩感を研究し、ハ長調に赤といったように調から連想される色を当てはめています。ドビュッシーの「月の光」のMQA音源はそのスクリャービンを思わせるものでした。

――同じ曲でも調が変わると音楽の雰囲気がガラリと変わるという研究ですね。そのような雰囲気を色で感じるということはとても興味深いです

麻倉氏:色が濃いというのも特長で、透明感もまるで違います。ピアノから発せられる直接音が音場に放たれ、それが鮮やかなまま変化してだんだん減衰していきます。192kHzは確かに音数が多いですが、どうも雲がかかったような感じがするのに対して、MQAは透明な高純色の物体が目の前を通過するような感覚です。FAZIOLIの鍵盤が叩かれてハンマーに伝わり、響板で響いてから音が出てくるという発音の感じがMQAはよく出てくるのです。加えてハーモニーがごちゃ混ぜの塊で聴こえるのではなく、和音の解像感がクリアですね。

 響きの軌跡も全く異なったもので、192kHzは放射状に直線的なイメージなのに対して、MQAは複数の色付きベクトルが螺旋(らせん)を描きながら曲線的に空中を浮遊し、それらが互いに絡み合う、そんな軌跡が目に見えるようでした。

 試聴した音源自体が、厚い響きの中にFAZIOLIのクリアなサウンドがあるという切り口のものですが、MQAではこういった「素材が持つキャラクター」を増強していると感じますね。この「響きがよく見える」ということは、例えば人が死ぬ前に見るといわれる走馬灯や、アインシュタインの相対性理論による亜光速域での時間の伸びのように、時間の流れがゆったりするという不思議な効果をもたらします。先程も述べたようににじみが少なく音の時間の解像度が高いのがMQAの特長ですが、それによってプリエコーやアフターエコーにマスキングされない“本当の音”が出てくるのです。これこそ正にMQAの「時間軸解像度が高い」という端的な特長を表したものでしょう。

――本当の音ですか。オーディオファイラーが追い求める“根源”の1つですね。ですがそれを語るには「本物の生音はどうなのか」という事が気になります

麻倉氏:その質問に対する答えは、カメラータ・トウキョウのプロデューサーである井坂紘氏が放った「これぞ私が録った音!」という一言に尽きるでしょう。確かに再生音の比較による音の違いによって“本当の音”というのは現象として分かりますが、果たしてそれが“本物の音”なのかまでは、収録現場の音と比較しない限り分かりません。ですが今回、実際に録音した井坂氏の証言を私は確かに聞きました。

 「驚異のデュオ」は、響きに関してはそれほど多くなく、むしろ眼前の直接音で、よくいわれる「松脂が飛び散る」音源です。先程の表現に則ると、チェロとコントラバスの発音メカニズムが、時間軸的に拡大されるようです。弦が弓を擦り、響きがボディに共鳴して音が出るという、弦楽器の発音メカニズムがそのまま目に見えるように感じます。擦音、共鳴、倍音放射というプロセスが大変生々しい。これまでの音源と比較すると、192kHzは細部の彩がクリアでこそありましたが、音自体はストレートなものでした。MQAでは音のボディ感や木の共鳴感、音が通過する様子がスローモーションで見えてくるようです。

 「FAZIOLI」は響き、「驚異のデュオ」は発音と切り口は異なりますが、いずれも通常よりも細部の動きのブレがなくなる感じが共通します。細かい部分の音が滑らかに動く、言うなれば「音の高速度撮影」あるいは「音の倍速駆動」といったところでしょうか。そのため音や響きが“ゆっくり見える”のです。

――音の倍速駆動、なるほどこれは分かりやすいです。現代の液晶テレビに見られるあの“ヌルヌル感”が音となるのですね

麻倉氏:誤解のないように加えておくと、MQAは決して補間によって響きを付けるとか、響きを作るというものではありません。ただ今回の2つのケースを見てみると、FAZIORIは音場の絢爛さがよりカラフルになる、あるいは驚異のデュオは発音メカニズムが明確になるというように、オリジナル音源が持つ魅力を上手く取り上げて、新しい音楽体験として聴かせます。

 今回取り上げたのはいずれも発売済みの音源をMQA処理したものですが、これまで慣れ親しんだ音が「本当はこういう音だったのか」という、感動的な体験です。実際、私のイベントの時に、とある参加者の方からTwitterで「聴いてはいけない音を聴いてしまいました。どうしましょう……」とリプライが飛んできました。

麻倉氏:このイベントでは、その他にもUNAMASや2Lなどの音源を聴きましたが、例えば生々しい2Lレーベルの特長がよく出てコンサート会場に居る感じがしたというように、MQAは各々の音源が持っているワン・アンド・オンリーの個性を上手く引き出した音楽を聴かせてくれました。考えてみれば、今までのオーディオでもそういった感動体験は多々ありました。今回のMQAでは「サイドバンドを排除することで、音源が元々持っている特長に気付くようなクリアさが出た」という発見をしたのです。

――今回のお話で、MQAは「スピーカーがハイエンドになった」ようだと感じました。スピーカーの進化というのは基本的に高い応答速度と内部損失を如何に両立させて「素早く反応し、必要以上に動かさない」を突き詰めるという作業で、これはMQAのサイドバンド排除と合致しますね

麻倉氏:なるほど、スピーカー動作の強度としなやかさと内部損失とを追求することで時間軸解像度のメタファーとしては確かに言い表せそうです。つまりMQAは技術革新と発想の転換による“新世代のハイエンド音源”となりますね。

最終更新:8月31日(水)22時40分

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