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「苦難の行軍」とは何だったのか? ある脱北知識人が経験した飢饉の正体(2) 壊れる社会主義 高利貸の出現と国家住宅売買の横行  パク・ヨン

アジアプレス・ネットワーク 8月31日(水)16時8分配信 (有料記事)

承前)しかし、私にはそれ以外の選択肢はなかった。私は職場を持っていながらも収入がなかったのだ。政府に何一つ対策のない全社会的混迷運動たる「苦難の行軍」では、誰もが犯罪か死か、あるいは「コチェビ」になるかの三つの里程標に従って「行軍」するしかなかったのだ。
「50年間続いた社会主義の共和国」の終幕はこのようにして始まった。

1995年からは、職場に出てくる者は、「超馬鹿者」となった。
私が勤めていた工場大学(従業員が数万名以上になる大企業の高等教育機関)では、学生は労働者や下級幹部であり、自然と休校状態になった。国の上級公務員である大学教員に対してすら、国家からの(配給や給与の)支給はいつの間にか消滅していた。

私は「解雇」されていなかったが、出勤してくる者を見る幹部らの目からは、いまだ国家に期待する<抗日遊撃隊式自力更生の革命精神の不足者>とみなす冷気が感じられた。そうなのだ。大学の実験資材や設備等はすべて盗難にあい、幹部管理者とそれを助ける者たちが「自力更生」するための私有物に転落していった。深夜であっても、人間の力で容易に動かせない資材や設備を学校から運び(盗み)出さなければならないほど忙しい彼らにとって、真昼に仕事もない職場へ出てくる平教員は、大いなる邪魔者でしかなかったのだ...本文:3,022文字 この記事の続きをお読みいただくには、アジアプレス・ネットワークの購入が必要です。

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最終更新:8月31日(水)16時8分

アジアプレス・ネットワーク