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中央公園のSLを春に解体

長崎新聞 8月31日(水)9時10分配信

 長崎市は賑町の中央公園で1973年10月から展示してきた蒸気機関車(SL)を来年春にも解体する方針を固めた。SLは39年製の「C57型」。国鉄(現JR九州)から無償で借りており、公園の改修に伴い移設を検討したが、風雨に長年さらされ劣化が著しくなっていた。手入れをしてきた国鉄OBは「残念」と惜しんでいる。

 市みどりの課によると、SLを展示した理由は二つある。一つは、英貿易商トーマス・グラバーが1865年に大浦海岸通りでSLを走らせたという日本の鉄道発祥の地をPRするため。もう一つは原爆投下直後にけが人を運んだ救援列車の存在を後世に伝えるためだった。

 C57型は救援列車をけん引したC51型の後継車。中央公園に展示しているのはその100号機で、長崎と東京を結ぶ特急「富士」などとして活躍した。長さは20・28メートル、総重量は115・5トンに上る。

 老朽化が判明したきっかけは、長崎くんちの奉納踊り会場の移転だった。市公会堂の廃止に伴い、公会堂前広場からの移転先候補に中央公園が挙がっている。中央公園は長崎ランタンフェスティバルの会場にもなっており、市はイベントスペースを広げるため、SLを市有地に移設するつもりだった。

 しかし、専門家の診断の結果、車体の一部に穴があくなどしており、危険と指摘された。市は移設から解体に方針転換。9月1日開会の定例市議会に提出する本年度一般会計補正予算案に、解体費を含む公園再整備費として5070万円を計上した。すでにJR側の承諾を得ており、今月には市に譲渡された。

 国鉄時代の長崎駅職員だった隈部勇さん(92)=下西山町=は「鉄道の日」の10月14日にOB仲間と共に、車体を拭いたりさびを落としたりしてきた。「SLは日本の近代化と戦後復興を支えてきた。今はお疲れさまとねぎらいたい」と話した。

長崎新聞社

最終更新:8月31日(水)9時10分

長崎新聞