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フランスで100万人が見た『ティエリー・トグルドーの憂鬱』が我々に突き付けるものとは

dmenu映画 8/31(水) 12:30配信

シリアスな社会問題を描いているにもかかわらず、フランスで100万人を動員する快挙を達成した映画『ティエリー・トグルドーの憂鬱』が、8月27日からロードショー公開となった。会社を解雇され、1年半以上の失業期間を経てようやくスーパーの監視員となった熟年男の悲哀が、なぜそこまで人々の共感を呼んだのか。作品を通して流れているのは、圧倒的なまでの閉塞感だ。そしてそれは、フランスだけの問題ではなく、日本で我々が日々感じていることではなかったか。

ドキュメンタリータッチで描かれる憂鬱

51歳で工場をリストラされたティエリーは、順調に進まない求職活動に苛立ちを覚えていた。これまでエンジニア一筋で働いてきた彼は少しでも可能性を広げようと職能訓練も受けるが、形式的に勧められただけの職能訓練が就職に直結するわけもない。仕事を求め黙々と頭を下げ続ける日々には、会うことすらしないスカイプでの面接など暗澹たる出来事ばかりがある。それでも妻と障害をもつ息子とのささやかな生活を守るため、毎日リアルと向き合わざるを得ない。

そんな中、ようやくティエリーはスーパーの警備員として働き始める。しかしその仕事は、店内の不審な客を監視するという殺伐とした業務。そしてその監視の目は、買い物客だけではなく従業員にも向けなければならないものだった――。

監督は、『母の身終い』が日本でも高い評価を得たステファヌ・ブリゼ。同作でも主演した名優ヴァンサン・ランドンが、社会の厳しさという一言で済ますにはあまりにも過酷な現実の中で苦闘するティエリーを演じている。その圧巻の演技は多くの賛辞を集め、カンヌ国際映画祭で最優秀主演男優賞を獲得した。

ティエリーの息苦しさが共感を呼ぶ

プリゼ監督は常に「社会的環境の中で光の当たらない人間を親密に描いている」という。今回も、資本主義社会に存在する非人間的なシステムと、その中で陽の当たることのない個人の尊厳との狭間であがく中年男性をドキュメンタリータッチで描き出した。作中、同僚からの信頼も厚いベテランスタッフが、レジでの些細な不正で告発され、解雇される。翌日彼女は店内で自ら命を絶った。しかし会社の対応はなお冷たい。その数日後、ティエリーは別のレジ係の不正を発見してしまう。そのときティエリーが見せた幻滅は何に対してのものだったのだろうか。

フランスの10.14%という失業率と比べ、日本の失業率は3.1%と低い。しかし、貧困というものは様々な位相に存在するものである。ワーキングプアの問題も含め、雇用への不安、将来への不安はより身近なものになっている。『ティエリー・トグルドーの憂鬱』で描かれる弱者は、決して人事ではない。

そしてなにより、作品を流れる閉塞感を我々は知っている。ただの一度の過ちでシステムから排除されてしまう社会。軽はずみな言動により居場所を失った者に情状酌量の余地はない。公人でも私人でも、人々が探すのは功績ではなく断罪すべき瑕疵のみ。我々はそんな状況に慣れすぎてはいないだろうか。絶望的な状況の中で、答えを出そうとあがくティエリーの姿は、社会とは何かという問いを強烈に我々に突きつけている。

(文/大木信景@HEW)

最終更新:8/31(水) 12:30

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