ここから本文です

恋とは尊くあさましく……、樋口一葉が残した「恋の名言」

TOKYO FM+ 8月31日(水)12時38分配信

日本に関していえば、恋愛という概念が本格的に入ってきたのは明治時代以降。多くの文人や芸術家たちからも、たくさんの恋愛の名言が生まれました。今回は、あるひとりの女流作家が残した言葉から、「片思い」について考えてみたいと思います。

「恋愛」という概念が海外から入ってきてからというもの、その新しい感覚に翻弄されていた明治時代の人々。
特に多くの文人や芸術家は、恋愛の甘く危険な世界にどっぷりと浸かっていました。
そんな中、恋愛についてどこか悲しい言葉を残している女性がいます。
樋口一葉です。

彼女の小説には恋愛に関する言葉がたくさん出てきます。
たとえば、こんなもの。
「恋とは尊くあさましく無残なものなり」
尊いと言いながらも、あさましいと言い、最後は無残とすら言っています。

そして、こんな言葉も。
「色に迷う人は迷えばいい。情に狂う人は狂えばいい。この世で一歩でも天に近づけば、自然と天が機会を与えてくれるだろう」
この言葉は解釈が分かれるところですが、恋はやめようと思ってもやめられるものではないことを理解しつつも、「恋に恋しているだけの状態」を批判しているようにも聞こえます。

どこか冷静で冷めた視点を感じる一葉の言葉。
では、一葉は恋に対して自分自身もドライだったのかといえば、そんなことはありません。
彼女は師匠であった小説家・半井桃水という男性に、熱烈な恋をしていました。
その恋心は彼女が書いた日記に記されています。
ですが、桃水は一葉に出会う前に美しい妻と死別しており、さらに2人を取り巻く環境により、一葉は桃水と絶交しなければならないなど、最終的に彼女の恋が実ることはありませんでした。
おそらくは、かなりつらく、せつない恋だったのではないでしょうか。

恋をしながら恋を諦め、24年という短い生涯を小説への情熱に注いだ一葉。
彼女の言葉を、もうひとつだけご紹介しましょう。

「せつなる恋の心は、尊きこと神のごとし」

そこにあるのは、叶わぬ恋でしか得られない人生の煌(きら)めきです。

(TOKYO FMの番組「シンクロのシティ」2016年8月30日放送より)

文/岡本清香

最終更新:8月31日(水)12時38分

TOKYO FM+