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中銀高官が愛するおかしな比喩の数々

ウォール・ストリート・ジャーナル 8月31日(水)18時7分配信

 今月、英イングランド銀行(中央銀行、BOE)が利下げと国債購入枠の拡大を発表したとき、もはやキッチンシンクは一つも残っていなかった。

 その決定の前、米銀大手バンクオブアメリカ・メリルリンチはリサーチノートで、「イングランド銀行はキッチンシンク(何でもかんでも)するべきだ」と主張していたのだ。

 英ポンドの価値が急落し、英国株が急騰するとバンクオブアメリカは「BOE:キッチンシンクは投げられた」と題されたリサーチノートを公表した。BOEが英国の欧州連合(EU)離脱決定(ブレグジッド)の余波により、経済を守るため可能なすべての措置を講じたという意味である。

 中央銀行の金融政策を巡っては数多くの比喩が使われてきた。大型ハンマー、弾丸、武器、(いつでも使えるように)乾燥させた火薬。これに今回、「キッチンシンク」が加わった。金融危機以来、中銀関係者たちは拡大しつつある武器庫から異例の政策措置を投入してきた。これを受け、中銀ウォッチャーらにも異例な用語集の作成が求められた。

 外為ブローカー、シンクフォレックスのチーフ市場アナリスト、ナイム・アスラム氏は欧州中央銀行(ECB)が3月行った決断の前、顧客に対して、ECB高官らがインフレ率を目標値に押し上げるため「最後のバズーカ」を「発射したがっている」と警告していた。また、その翌日の更新情報ではECBが「大きな音を出してエンジンを全開にしている」と表現していた。

 ドイツのベレンベルク銀行のエコノミスト、カラム・ピカリング氏など一部の金融関係者はこうした常とう句の使用をやめるべきだと主張している。同氏は「比喩には問題がある。実際に何が起きているのか伝わらない場合があるのだ」とした上で、「われわれが直面している状況に関し、中銀に何かできるはずだという考えを強めてしまうのではないかと懸念している」と警告した。

 アスラム氏は自分の言葉について、中銀高官らの発言や「薬物中毒患者」のように中銀の刺激策に依存している市場の反応を反映していると説明した。バンクオブアメリカはキッチンシンクという表現についてはコメントを差し控えた。

 かつて中銀高官らは金利を上げ下げしているだけだった。エコノミストのデービッド・ブランチフラワー氏は「最初に言われたことは、中銀の仕事は退屈だぞというものだった」と振り返る。同氏が2006年にBOEの金融政策委員会(MPC)のメンバーになったとき、巧妙な言葉を生み出す機会などほとんどなく、「バズーカも大型ハンマーも議題とはならなかった」と言う。

 ところが最近、中銀はマイナス金利や国債購入制度といった一連の斬新な景気刺激策を追加している。

 ファクティバのメディアデータベース分析によると、金融危機以来、金融政策に関する記事やブログ上で武器に関連する表現(バズーカ、火薬、空砲など)が登場した回数は、2010年の4600回から2015年には7300回に増加している。2011年にはそうした言葉が1万1000回以上も登場した。キッチンシンクや大型ハンマーの登場回数も増加している。

 中銀による政策には昔から比喩が使われてきた。金融緩和を選好する米連邦準備制度理事会(FRB)の高官たちは数十年前からハト派と呼ばれてきた。逆に金融政策を引き締めたがる高官たちはタカ派である。

 安全性や適格性を重視する傾向がある中銀高官たちは、そうした鳥のイメージが与える影響についても議論している。2008年までFRBの理事を務め、現在はコロンビア大学教授のフレデリック・ミシュキン氏は「私はどちらの鳥も好きだ」と話す。

 2015年までBOEのMPCのメンバーだったデービッド・マイルズ氏は当初、ハト派とされていたが、その後タカ派と呼ばれるようになった。本人はどちらでもなかったという。「ハトは実際には非常に攻撃的な動物だと聞いたことがある」と同氏は述べた。

 BOEの元MPCメンバーで現在、ピーターソン国際経済研究所所長のアダム・ポーゼン氏も、「個人的にタカ派の呼び名をずっと嫌っていた。なぜなら、この言葉は自分たちがタフな猛禽類で、狩りをしているという偽りの男らしさを連想させるからだ」としたうえで、「われわれはネクタイを締めた普通の男たちと数人の女性である。統合参謀本部ではない」と述べた。

 中銀高官自身もそうした比喩を大きくしてきた部分がある。ベン・バーナンキ前FRB議長は2008年、他中銀とのスワップ枠を指して「私自身のバズーカ」と言った。同年に当時のヘンリー・ポールソン米財務長官が使った言葉を拝借したものだった。

 ECBのドラギ総裁は2012年、ドイツのメディアによるインタビューで、3年物長期資金供給オペ(LTRO)を表現するのに劇的な言葉を選ばなかったことへの後悔を口にした。総裁は「発表のときビッグバーサと呼ぶべきだったのかもしれない」とし、「そうすれば誰もが聞く耳を持っただろう」と悔しがった。

 ビッグバーサとは第1次世界大戦でドイツ軍が使用した巨大りゅう弾砲のことだが、大きなヘッドが特徴のキャロウェイゴルフ製ドライバーの名前でもある。

 日本銀行の黒田東彦総裁は昨年、童話「ピーターパン」を想起させる発言をした。この話では飛べると信じた子供たちは空を飛ぶことができるのだが、黒田総裁は自然利子率が低い環境下で非従来型の金融政策に期待することについての講演で、「飛べるかどうかを疑った瞬間、永遠に飛べなくなってしまう」と主張した。

 BOEのホールデン理事はこの夏の講演で、「小型のロックハンマーを使って刑務所から脱獄用トンネルを掘るリスクよりも、大型ハンマーでナッツの殻を割るリスクをとるだろう」と話し、景気刺激策の導入では、BOEが少しずつでなく思い切ってやるべきだと示唆した。

 それ以来、アナリストらの報告では大型ハンマーという表現が頻出している。BOEの発表を受け、大型ハンマーの出現はファクティバの統計史上最高の1週間を記録した。小型のロックハンマーはまだトレンド化していない。

 ニューヨーク連銀のダドリー総裁は今月、FRBで数十年使われてこなかった比喩を掘り起こした。金利を「寄り添わせ」なくてはならないときが来るかもしれないと述べたのだ。

 イングランド銀の元MPCメンバーだったロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのチャールズ・グッドハート教授によると、中銀高官らは数年間の超緩和政策の後、できることがあまりないため比喩に頼っているのかもしれないという。

 教授は「行動を通じて強い印象を与える能力が損なわれたとき、言葉でそれをしようとすると、その機能を担うのは誇張や付け加えられた華麗さだ」と指摘する。

 その一方、パンチボウルの使用頻度は低下している。1955年、当時のウィリアム・マチェスニー・マーティン・ジュニアFRB議長は、パーティーが盛り上がっているときにパンチボウルを下げるのが中銀の役割だと説明した記者について言及した。こうした機知に富む言葉は数十年間、スピーチに花を添えてきた。

 英投資銀行インベステックのエコノミスト、クリス・ヘア氏はパンチボウルが景気停滞に屈してしまったとし、「もうパンチボウルなどなくなってしまったのだ」と述べた。

By JON SINDREU and RIVA GOLD

最終更新:8月31日(水)18時7分

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