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高畑淳子「謝罪会見」の涙の意味は? 被害者を無視の声も

日刊ゲンダイDIGITAL 9月1日(木)9時26分配信

 高畑淳子の謝罪会見を別な角度から見ると、気づくことがある。

 まず会見の時間。当初、昼からの予定をテレビ局の要請もあり、主なワイドショーが横並びになる午前9時になった。性犯罪は女性がもっとも嫌う。多くの主婦が見る時間帯を選び、母親としての謝罪の気持ちを伝えたかったのだろう。会見は高畑が立ったままでマスコミは着席。謝罪する立場を強調したのだろうが、立っている人を座って質問する形はちょっと不自然。市川海老蔵が事件を起こした後の会見のように、座ったままでもよかったとも思う。

 会見では「なんでも答えます」と予定時間をオーバーして真摯に答えた。それは「質問なし」でバッシングされたベッキーとは対照的だったが、謝罪会見で肝心なのは中身。辛辣な質問にも答える姿は時には胸を打つものであったが、印象的だったのが「贖罪」の言葉。酒井法子が覚醒剤事件から再出発を期して出版した本のタイトルが「贖罪」で多くの人が目にした。「裕太とともに一生をかけて贖罪します」と、母子の情愛も「贖罪」の言葉で強調していた。

 三田佳子、みのもんたと子供が起こした事件の謝罪では「開き直り」とも思える発言で世間の顰蹙を買ったことがあった。世間の目が一番怖いが、今回の事件は直接、被害者のいる性犯罪。心身ともに傷を負った被害者女性がこの会見をどう思うかも気になった。

 法曹関係者に聞くと、「被害者にも家族や友人がいる。まともに会見を見れば、周囲や被害者の気持ちを無視した不愉快な会見だったろう」という。確かに、気丈に対応しながらも涙した高畑だが、その多くは愚かな犯罪をした息子に対する涙だったように見えた。9月から予定していた舞台についても高畑は「舞台をお見せすることが私の贖罪だと思う」と語った。ここでも使った「贖罪」とは「罪滅ぼし」の意味。舞台に立つことが被害者に対しての罪滅ぼしだろうか?

 高畑自身の仕事と成人した息子の犯罪は別問題。仕事は使う側の判断でもある。被害者の心情を考えれば、自らしばらく謹慎する選択肢もあったのでは。すべての質問に答えた姿勢は評価されても、「被害者もいますので」と言葉を控えてもいい部分もあったように思う。
(ジャーナリスト・二田一比古)

最終更新:9月1日(木)9時26分

日刊ゲンダイDIGITAL

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

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昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。