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須田剛一氏ロングインタビュー「何かを絶えず発していないと、呼吸ができなくなってしまう」

ファミ通.com 9/1(木) 16:32配信

取材:編集長 豊田恵吾、文・取材:編集部 小山太輔、撮影:カメラマン 小森大輔

 グラスホッパー・マニファクチュアの須田剛一氏が、2016年1月からファミ通.comで連載“須田寓話”を始めている(現在、つぎのエピソードを制作中)。4月に催されたPAX EAST 2016では、待望のゲーム新作『LET IT DIE』のプレイアブル出展がなされた。さらにグラスホッパー・マニファクチュアの処女作である『シルバー事件』のHDリメイク作品が、秋の予定でリリース決定。現在 SteamとPLAYISMにて、第1章“デコイマン”の一部が体験可能となっている。このようにここへ来て動きが活性化している須田氏に、現在の心境を尋ねてみた。取材は日を置いて数回に分けて行っている。

●『シルバー事件』について
――すでにデモ版などが配信されている『シルバー事件』のHDリマスターが楽しみなのですが、フィルム・ウィンドウシステムのUI更新を含むグラフィックスの刷新、英語版の配信など、いまの技術で再構成されている部分が盛りだくさんですね。

須田剛一氏(以下、須田) もともとグラスホッパーの代表的なタイトルのうち、海外で発売していなかったのは『シルバー事件』くらいなんですね。英語化されていなかったので、数年前からとにかく実現したかったんです。じつは2007年のGDCの講演の最後で「ニンテンドーDSに移植する」と発表したのですが、この約束がけっきょく果たされないまま9年が過ぎています。そのあいだも、やはりその約束をちゃんと果たしたいとずっと考えていました。そんなモヤモヤを抱えていたところ、昨年あたりからSteamに『シルバー事件』を移植しようという機運がそれとなく高まり、プラットフォームがコンシューマーではありませんが、ようやく約束を果たせるようになったわけです。

――“「移植しよう」という機運”とはどういうことでしょう?

須田 いろいろな会社の皆さんが、『シルバー事件』をPC版として移植したいと話を持ちかけてきてくださいました。それがアクティブゲーミングメディア(以下、AGM)から英語化する前の話で。もともとAGMの運営するPLAYISMから『シルバー事件』のPC版を出したいという話があったんですね。だったら英語化も含め、全世界に向けて『シルバー事件』を移植、発信しようと。ただ、解像度の問題もあってベタ移植をするくらいなら、HDリマスターというカタチでできないか? とAGMと話しながら進めていたんですね。そして最終的に発表に至ったと。

――海外でもファンが沸いていました。


須田 昨年に発売されたアートブック(『THE ART OF GRASSHOPPER MANUFACTURE』)によって、ここまでのグラスホッパーが総覧できるカタチになったのですが、それがけっこう後押しになっているんですね。昨年のComic-Conでも売りながら、ファンの方たちにいろいろ質問すると、やっぱり「『シルバー事件』の英語版はいつ出るの?」という話になるんです。

――『SILVER CASE』はまだかと。

須田 そうですね。海外でまだそういう反応があるんだなって肌で感じられました。Comic-Con自体は1年前からチケットを買うようなイベント。僕が来るからといってチケットが買えるようなイベントではありません。そういうお客さんの中にそう言っていただける方たちがいたのは、ありがたいなと。「『シルバー事件』をいつか出します」とそのときに話したら盛り上がりましたね。

――そして英語化だけでなく、いろいろなところを刷新していったわけですね。

須田 ええ。グラフィックで言えば、当時にしては高めの解像度で作っているんですが、単純に初代プレイステーションの解像度なので、いまのディスプレイに表示すると粗いんです。とはいえ当時は縦を通常の倍の解像度にして、それをインターレスで表示するという、比較的綺麗に見える作りかたをしていました。じつはそれをベタ移植するだけでもけっこうヘビーな作業量になるんですね。

――グラフィックにそんな工夫が。

須田 オリジナルのエンジンでガリガリと作っていたわけです。それをいまの解像度に置き換えられるかの検証から始めて、いろいろな問題がクリアになり、「じゃあHDリマスター化できるね」と。

――トレーラーやデモ版を拝見すると、ビルのカットひとつとっても新しいポリゴンモデルで作られていますよね。こういう調子ですべて置き換えていく?


須田 ぜんぶ変えます。すべて目コピーに近い状態ですが(笑)。ただ、リッチにし過ぎるといくらでもリッチになってしまうので、そこは多少抑えています。初代プレイステーションのローポリゴンの色気みたいなものも残したいとは思っていて。ひとシーンごとに、微妙なサジ加減でチェックしながら作っていますね。『シルバー事件』の世界観を壊さないように、多くのゲーマーの皆さんに気に入ってもらえるような、余白や行間のある画にしたいなと思っています。

――『シルバー事件』は内製なのでしょうか?

須田 AGMがすべて手がけています。彼らにはそれぐらいの覚悟をもって作ってもらわなくてはいけません。

――シナリオには手が入っているのでしょうか?

須田 更新したのは100問組手というクイズくらいです。時代の推移によって正解がすでに塗り替えられているものがあるので。

――では基本的に問題は変わらないと。つまり当時楽しんでいた人も違和感なくプレイできるし、いまあらためて触れる人も楽しめるようになっているんですね。ほかにちょっとしたオマケなどは?

須田 いまのところ特別なものは考えていません。Steam版ならではの実績の解除や、トレーディングカードみたいなものの収集などは追加されます。あとは“パレード”という第3話のイラストだけ、当時お願いしていた宮本崇さんのものじゃなかったのですが、それをぜんぶ宮本さんに差し替えています。もちろん、さらにプレミアムな何かが用意できたらおもしろいなと思っています。

――2016年の秋リリースということですが、詳細は?

須田 10月の上旬には発売できる勢いですが、Steam側のタイミングもあるので、大作と大作のあいだになる11月などかもしれません。

――PLAYISMさんも同タイミングですか?

須田  GOGなど含め、タイミングは共通です。

――心待ちにさせていただきます。

須田 ともかくグラスホッパーのデビュー作が海外では遊べないという状況を一日でも早く克服して、9年前にした約束を果たすというのが、今回のHDリマスターを実現させた理由のひとつになっています。リリースするからにはひとりでも多くの方に遊んでいただいて、これがある程度売れれば、つぎは『25区』という、いまでは遊ぶことができない『シルバー事件』の続編であるシナリオの移植まで持っていきたいです。じつはそれが今回のリマスターの最大の目的ですね。

――『25区』については正式なアナウンスとして捉えていいのでしょうか?

須田 『シルバー事件』HDリマスターが売れればです。作りたい気持ちはありますが、もちろん結果次第なので、ぜひ応援をしていただければと思います。


●連載開始の経緯
――続いては須田さんご自身のお話をうかがわせてください。『LET IT DIE』から遡ると、発売済みのタイトルで、須田さんが最後に関わられたゲームは、少し前のものになりますね。

須田 シナリオを書いた『SHORT PEACE 月極蘭子のいちばん長い日』が最後ですね。バンダイナムコエンターテインメントさんからの発売で、2014年1月です。それ以降は、今年発売する『LET IT DIE』を、グラスホッパー・マニファクチュア全体で全力で開発していますので。

――現在はつぎのエピソード構築中ですが、今年1月からファミ通.comで連載を始めていただいた須田寓話のほか、昨年はコミック『暗闇ダンス』の開始、それから『LET IT DIE』があり、少し前にはフランスの番組“toco toco”で、ゲームクリエイター特集の初回を須田さんが飾っていました。ほかにもBitSummit 4thへの参加、それから数日前には手塚治虫キャラクターを現代のクリエイターたちがリメイクするカードバトルゲームへの参加など、須田さんの活動が恐ろしく活発になっているように見えます。これはどうしてなのかをうかがえればと。


須田 なるほど。どこからお話をしましょうか。

――それではファミ通.comの連載“須田寓話”からおうかがいします。これは「書き下ろしを掲載しましょう」ではなく、突然須田さんが書き下ろしてきたんですよね。

須田 そうなんです。

――当初は「日々感じたことを書くコラムはどうでしょう」とご提案したのですが、蓋を開けてみると書き下ろしのテキストになっていました。おそらく読者にも驚かれた方が多いんじゃないかと思います。

須田 そうなんです。僕も驚いたんですよ(笑)。

――(笑)。連載を始めるまでの経緯を須田さんからご説明いただけますか?


須田 そうですね。週刊ファミ通での連載も10年以上していましたから、それらが布石と考えれば長いですね(笑)。誌面最初の連載はAirport 51ですね。奇しくも今回の須田寓話と同じ編集さんにご担当いただいていますが、これはトークが中心でテーマも絞っていたものでした。その後に現編集長の林さんとコンビを組んでINSIDE51という、どちらかというとコラムタイプのものを続けました。ただ、これは僕が直接書いていたわけではなく、聞き書きしていただいた形です。

――それらを経てファミ通.comの連載に至ると。

須田 ご縁のある豊田さんが編集長で、しかも初代の誌面担当さんがまた担当ということでスイッチが入り、最初はコラムを書こうという話もしていたんですが……なんかね、なんだろうな。

――創作しようというスイッチが入った瞬間ってどこだったんでしょう? 編集者からすると、創作をお願いするという行為はもっともハードルが高いものなので、結果として、こちらも躊躇するようなことをいまやっていただいているんです。

須田 いえいえ、とんでもないです。なんかですね、担当さんと「どんなことをやろうか」と話をしていたときに、コラムの案などもあったのですが、「いや、書こう」というスイッチが入ったんですよね。

担当 連載前のミーティング中に、須田さんが過去に書き溜めていた、世の中に出ていない物語の断片をいっぱい見せていただいたんです。それを時間をかけて読み終えたら、自然と「コレはもったいないですよ。手を入れていけば、コレはコンテンツになりますよ」という話になったんですね。

須田 「そうであれば」と思い浮かんだのが、その中のひとつ、須田寓話の最初に掲載した、『killer7』のスピンオフの『killer is dead ~殺し屋は死んだ~』でした。これはタイトルからもわかるように、ゲーム『KILLER IS DEAD』の雛型みたいなものですが、その昔に電撃PS2誌で連載していたものです。単行本化するという前提でしたが、いろいろあって最終回を書かずに止めていたんですね。

――最終回を書かずに。

須田 ですから、これもそれがずっとアタマに残っていたんです。今回のお話が挙がったときも、「ファミ通.comに載せてもらえるならおもしろいし、ちゃんと完結させられるな」と思ったんですよ。でもその続きを書いただけで終わったらおもしろくない。だったら、「これまで自分が書いてきたものでほかに載せられるものはあるか?」と、担当さんといっしょに過去のテキストを掘り起こしていったら、これが意外と量があってですね。じゃあこのそれぞれを完結させて世に出していこうと思ったわけです。『killer is dead ~殺し屋は死んだ~』は、7、8年前にほとんどの部分を書いているので、残るは最後の部分の執筆だけなんですが、『まっ赤な女の子』はプロットだけしか書いていなかったものなので、それを頼りにほぼ書き下ろしで始めたら、やっぱりなんだか筆が走りましたね。

――言いかたが合っているかどうかわかりませんが、ご自身のルーツを見てクリエイティブの火が点いたような感じでしょうか? 当時の衝動の断片的な記憶をご自身で呼び覚ましたというか。

須田 ありますね。そういうものもありますし、『killer is dead』に関して言いますと、読み返してちょっとビックリしたんですよ。「オレ、こんなテキストを書いていたんだ」と。

――時間を経て、客観的に見たら “気づき”があったということですね。

須田 「誰が書いたんだ? あ、オレだ」、「この人の書いたもの、おもしろいな」と思って(笑)。同時に「このテンションで書けるかな」とも思ったのですが、昨年から『暗闇ダンス』が始まっていたのが後押しになったんです。

――それはどういうことでしょう?

須田 『暗闇ダンス』は3年前ほど前から書き溜めていたものですが、月刊連載なので、最終的な形にする締切が必ず毎月やってくるんです。そのサイクルが心地いいというか、これまでゲームを開発する中ではなかなか得られない感覚だったんですよね。ゲーム開発の締切って、それこそ年に1回あるかないか、場合によっては2年くらい先だったりします。ゲームの脚本に限って言えば、それこそ物量のあるものを時間をかけて書くというスタイルなんです。それに慣れていて、「つねに書く」というリズムが自分になかったんですよね。『暗闇ダンス』を始めてよかったことはいろいろありますが、“書くリズム”が自分の中にでき、結果、自分のクリエイティブというものに持続性が出てきたことは大きな収穫です。

――それがきっかけになって、いまの活性化に繋がってきたと。

須田 『暗闇ダンス』にしても須田寓話にしても、強制的に世に出ますよね。これまでは運転したりしなかったり、たまに乗るだけのクルマのエンジンのような状態で、少し暖めないとなかなか加速しませんでした。ところがいまはずっといい感じでエンジンができ上がっているので、「いつでも加速できる」という感覚がありますね。『まっ赤な女の子』を書き始めたときは、すぐにオイルがグワッと回り、相当いい感じで書けました。……あれが普遍的におもしろいかどうかは、ぜんぜんわからないんですけども。

担当 ジュブナイルという形で届いたとき、「須田さんにこんな引き出しも!」と驚愕したとともに、いつもの須田節と言いますか要素や雰囲気が見えて、「ああ須田さんだ」とうれしくなりました(笑)。自分の気持ちを中学生に落とし込んで読んでみたりしていますが、いや完全に中二病ですね。脈絡のなさや話題の切り替わりなど、「中学のときってこんな考えかただった気がする!」という感じです。

須田 (笑)。ああいうのは無限に書けるんです。

――それにしても無から何かを生み出すようなお願いは、ゲーム作りの妨げになるのでは、という怖さが拭いきれません。

須田 「そんなことやってていいの?」みたいなことは言われることもありますよ。ただ、ガソリンを入れるというか、モノ作りってどこかずっと回転していなきゃならないところがあって、僕の場合もこれまではずっと多作だったんです。いまは腰を据えて『LET IT DIE』というものを作っていて、これはこれで非常にいい環境なんですが、引き換えとして具体的に世に何も出していないという状況が、これまでとまったく違うんです。僕はモノを作る人間なので、作って生み出し続けていくという作業をやるのがごく当たり前。何かを絶えず発していないと、モノを作っている人間としては、息ができないのといっしょなんですよ。それが足りないと、あらゆる意味で僕は呼吸困難に陥り、死んでしまいますよね。やっぱりそこを正常にしていかないと、それこそ本業のビデオゲームですらうまく作れなくなってしまいます。

――オーディエンスのリアクションも呼吸の助けになりますね。

須田 リアクションもそうですよね。評判がよければもちろんありがたいですし。批判していただければ、襟を正すことができます。何より発信していることでお客さんとキャッチボールができるのがいい。「クソつまんない」、「おもしろい」って言ってもらえること自体が僕にとって酸素と同じなので、それがあればゲーム開発にもいい影響が出るというか、モノ作りがずっとアタマの中で回転している状態になり、俯瞰して見る視点などが生まれますよね。開発中はずっとひとつのタイトルにどっぷりになるので、だんだんそれが正しいのか正しくないのかわからなくなる状態が起こるんです。それが俯瞰できるようになることで、そうしたジレンマから一度距離を置いて、冷静になってタイトルを見つめ直せたり、あるいはもっとインパクトのあるものにできる点を見つけたりできるんです。これらがそれぞれの連載を始めてからすごく鮮明になってきました。

――Webだとリアクションも早いですからね。

須田 すぐに読んだ方から反応がもらえたりなどが刺激的で楽しいですよね。これが1年間経ったら、どれだけのテキストが溜まっているんだろう、ということも含めて楽しいです。

――須田寓話もそうですが、『暗闇ダンス』も、日本アニメ(ーター)見本市で公開された『月影のトキオ』(※)も同じような時期に集約されて公開されていますが、これはたまたまなのでしょうか?

※『月影のトキオ』
原作・脚本が須田氏、アニメーション制作が神風動画による、約7分のショートアニメコンテンツ。2015年4月にニコニコ動画にて公開された(現在は約1分のトレーラーのみ視聴可能)。


須田 5年前にコミックビームの奥村編集長と出会ってから、『暗闇ダンス』の実現に至るまで長かったんですね。そういう道のりがあるものも含まれますから、それぞれ準備していたものが、たまたまこの時期に集まった感じですね。『月影のトキオ』は、数年前にお話をいただいて、とんとん拍子にやることが決まったものです。いわゆる異種格闘技戦ですよね。これらを『LET IT DIE』を作りながら、進めていったと。

――ゲームクリエイターとして、まずゲームが土台としてあり、いろいろ仕込んでいたゲーム以外のコンテンツのクリエイティブが、たまたまこのタイミングに集約されたわけですね。

須田 そうですね。もちろん僕の中心はビデオゲームという場所なので。ただ、先ほどもありましたが、ビデオゲーム作りの中で執筆機会というのは、つねにあるわけではないんです。さらに言えば、ここしばらくはアクションゲームを作る機会が多かったので、じつはそんなにシナリオの物量が要らなかったんですよね。場合によっては、シナリオの分量が多くてカットするということもありました。

――シナリオを前面に出してゲーム性が崩れたり、自己満足になるよりは、一歩引いたと。

須田 ゲーム制作には当然お金もかかりますし、全員がスケジュールに則って動いています。そういうふうに多くの人々が関わるなかで、極めてパーソナルなものをビデオゲームの脚本として落とし込むという行為は、いまの時代に合ってるかどうかと考えると、とても難しいことだと思います。ですが、やっぱりクリエイティブの作業は、この場合、シナリオなどのテキストは、つねに書かないと書けなくなるので、今回の一連の露出ががいい影響を『LET IT DIE』に与えてくれたと思います。


●『暗闇ダンス』=『バクマン』!?
――『暗闇ダンス』に関して言うと、竹谷州史さんという絵描きさんがいらして、二人三脚で作られています。こういうやりかたに須田さんは慣れているのでしょうか?

須田 初めてですね。コンビも初めてですし。いやー、「『バクマン』だ!」と思いましたね。

――(笑)。

須田 「オレら完全に『バクマン』だ!」と。じつは連載を始めてから『バクマン』の映画を観に行ったんですよ。「ああオレ、神木(隆之介)くんだ」って。

――あとは声優志望のヒロインがいれば(笑)。

須田 (笑)。コンビはおもしろいですね。キャッチボールがすごくおもしろい。こちらがムチャな球を投げても、竹谷さんがそれをぜんぶ打ち返してくるんです。

――そこはいっしょに作るということに加え、相手に負けないという思いからでしょうかね。

須田 「須田さんがどんなホンを書いてきても、僕は絶対になんとでも形にしますよ」という矜持が、竹谷さんにあるのだと思います。あとは奥村さんを含めて「どういうものを作っていこうか」というイメージの摺り合わせに長い時間をちゃんとかけたんですよね。ですので、大きなズレが起きないんです。

――同じ方向をちゃんと向いていると。

須田 竹谷さんは竹谷さんで、絵で挑戦をしようと思っているんです。僕のスタイルと同様、「これまでのマンガとは違う、いまの時代になかなかないマンガを生み出そう」ということを考えていらっしゃいますし、僕の考えた世界を、より奥行き深く、絵によって解釈していただいています。本当にお相手が竹谷さんでよかったです。奥村さんとも5年間、粘り強くお話をしましたが、竹谷さんもいいタイミングまで待ったんですよ。

――竹谷さんの手が空くのをでしょうか?

須田 そうです。当時描かれていた『Smoking Gun 民間科捜研調査員流田縁』がほぼ終わるまで待って、バトンタッチみたいな感じで始めています。じつは竹谷さんは、過去に一度描いていただく相手として候補に挙がったのですが、連載がお忙しく、「ほかの方を探そう」という話になったんです。ところが、最後にタイミングが合いました。

――それなのに須田さんは毎回、真正面からボールを投げない(笑)。

須田 だははは(笑)。ですが、「今日はナナメ45度から投げてきた。それが僕はうれしい」というようなご反応はいただいています。

――最終的な形になったときに須田さんご自身が驚かれることもありますか?

須田 いやあ、「あ、これマンガになるんだ」と毎月驚いていますね。「竹谷さん、スゴいなあ」と思います。

――ふたりで“ディアボリカルピッチ”をしているようですね。


須田 まさにそういう感じです。いま僕が怖れているのは、2巻でお客さんが引いてしまうんじゃないかということ。1巻では状況を説明するため物語を丁寧になぞるように書いたので、僕としては核心の部分をまだ始めていないんです。ところが「物語はよくわからないけどおもしろい」みたいなことをよく言われるんですね。

――物語をすごく丁寧に書いたつもりなのに。

須田 ええ(笑)。とてもわかりやすく、「今回はこんなに説明的でいいのかな?」と思って書いていたのに、どうやら読者の皆さんは話がよくわからない、という感じで。でも褒めていただけている。ちょっと不思議な世界の物語なんですが、けっこうわかりやすい話にしたつもりなんです。でも、「何か訳のわからない世界に引き込まれる」とかそういう感想をいただく。「そ、そう? いやいやいや、それはこれからやることだから」って(笑)。

――(笑)。

須田 ですから「これからやることは大丈夫か?」という感じですね。まあ、でももう始めたからには止まりません。「行くところまで行こう」と。エゲツない世界がたぶんやってくると思います。

――これからが表現したい部分だと。二次元でマンガで表現することについてはいかがですか?

須田 チーム『暗闇ダンス』として考えると、もちろん奥村さんだったり、竹谷さんの周囲の方だったり、とそれなりの人数がいるんですが、芯は竹谷さんとほぼふたりで作り上げていく、非常にパーソナルなものを大事にする作りかたですよね。それはマンガだからこそできることです。

――須田さんの原作は、シナリオの形で書いているのですか? それともネームの形でしょうか。

須田 僕はもちろん梶原一騎スタイルです。

――シナリオ状のテキストですね(笑)。

須田 『バクマン』で言うとシュージンスタイルではないですね。なぜかというと僕は絵が下手くそなんです。だからコンテというか、ネームは描けない。いつか一度はネームを描いてみたいと思うんですけどね。

――マンガというコンテンツを意識して、須田さんの中でいままでとは違う表現をしている部分などあるのでしょうか?

須田 僕らの場合は毎月だいたい28ページから32ページぐらいで収めるんですが、「なるべく1話完結のスタイルで」という話を奥村さん、竹谷さんとしているんです。毎月毎月ひとつの話が終わっていく。だけどゆるやかに繋がっていく世界を書くのは、これまでもビデオゲームでやってきたことなので、けっこう僕は得意なんですね。それをマンガでするのはおもしろい仕掛けだなと思って。あとは単行本にしたときの終わりになる部分を意識していますね。今回の第1巻も、最後6話目のラストに、つぎの巻がどうなるのかをしっかり入れて、ちゃんとつぎの巻を買ってもらえるようなものにしています。

――クリフハンガー的な。

須田 まさにクリフハンガーですね。そこはマンガという媒体を意識しています。あとは毎月コミックビームを読んでいるほかのマンガのファンの方たちに、「なんだこのマンガ?」と興味を持っていただけるように、毎回工夫はしたいと思っています。アタマの隅に、書店で単行本を見かけたときに手に取っていただけるような何かが残るように。そして、いよいよ『暗闇ダンス』は第二巻で完結します。加速度が半端ないので、どういう反応になるのかは、いまから楽しみです。


●創作の現場にて
――『暗闇ダンス』にしても須田寓話にしても、1週間、1ヵ月のどういうタイミングで書いているんでしょうか?

須田 僕はだいたい週末の夜にテキストを書きますね。

――週末の夜ということは、ご自宅で?

須田 自宅です。真夜中2時の奇跡じゃないですけども、やっぱり世の中が、自分の周囲の世界が寝静まったときに書けるんですね。丸の内のオフィスで昼間にスタッフが働いているなかで書こうと思っても、集中力がないのでまったく書けませんね。ただし、須田寓話の『まっ赤な女の子』については平日の夜です。

――なぜでしょう?

須田 変な状態なんですよ。『暗闇ダンス』は、構想はだいたいできているので、夜中に前作のネームなどを見ながらワーッと書けるんです。ですがとくに『まっ赤な女の子』は、仕事から帰宅した隙間に感情が流れ込んでくる瞬間に、急に唐突に自分が中学生になってWeb上で何かくだらないことを書き始めるっていうギャップが楽しかったんですよね。「いまこの環境のなかでどれだけくだらないことをこれから書くか」という行為を楽しむ作業に没頭していた。ですので毎回ネタは尽きませんでした。

――守くんの語りには訳のわからないスピード感があるんですよね。人物の描写は、自分がその人物になった感じで考えるのでしょうか。それとも神の目のように俯瞰で考えるのでしょうか。

須田 それは作品によって変えています。『暗闇ダンス』の主人公はワタルですが、自分がワタルというわけではなくて。ワタルと、今回シャリアっていう名前を付けた化物の中間にいる3人目の人間として見ています。ですからどちらかというと俯瞰に近いですね。ふたりに非常に近い距離から書いていますが、少し引いているので周囲の人間がどう蠢いているのかが見えるんです。「その先に何が待ち受けているのかも、いちおう見える視点で」ということを意識していますね。

――『まっ赤な女の子』に関しては?

須田 完全に自分が主人公の守でしたね。「オレがいま中学生だったら何をしているんだろう?」と思いつくものをぜんぶ並べて、選んで書いて。自分が中学生だったときの記憶も掘って、いまの時代に変換したりしていました。

――須田さんが中学生のときの感覚なんだろう、というのは感じましたね。

須田 さらに、いまの自分も混じってるんですよ。ゴチャ混ぜにしています。結果として、意図が読み取りにくい部分が余計に読み取れないようになったりしていますが、それが連続していくうちにだんだん見えてくるものもある、という意外に高度なことをやろうとしましたね。

――須田さんの作品はテーマを書くというよりは、そのときどきを書きたいという感じでしょうか。

須田 書くときにその時代や瞬間を入れないと、おそらく僕は意味が無いと感じています。なんというか同時代性をつねに意識していきたいんです。だから極端なことを言えば風化してもいいんですよ。だけど風化しない力を持たせている自負もあります。たとえば先ほど出た『シルバー事件』の百問組手という100問のクイズも、完全にその時代の小ネタばかりでしたし。そのころから同時代性は意識していたんだなと。その時代とちゃんと向き合って、ちゃんと時代の空気感を切り取らないと、モノを作っている人間としては正しくないんじゃないかなと思うんです。映画もそうです。その時代にフィルムに残した中に、その時代があって記憶に残るわけで。じつはそこにモノ作りの本質が少しあるような気がしたんですよね。そういうことも考えつつ、いろいろと作っているのが楽しいですよね。

――僕は『暗闇ダンス』のイラストを初めて見たときに、「あれ、これ宮沢賢治のイーハトーブだ」って思ったんですね。宮沢賢治の詩集を読んだときも「何だこれは?」と皆さん思ったのでは。それに近いイメージなんでしょうか。


須田 確かにワタルが王国に着いてすぐは“イーハトーブの世界”って僕はト書きに書いてますね。

――作品を宮沢賢治に重ねている部分はありますか?

須田 あると思いますね。『暗闇ダンス』を読んだ方たちから、「すごくポエトリーのような感じ、詩を読んでいる感じがする」という反応をいただいたので、自覚的ではありませんが、たぶん小説と詩の中間みたいなものなんでしょうね。自分では説明的な物語をただ単に書いているつもりだったんですけども、「ああ、違うんだ」と思って。

――出てくるテキストのひとつひとつに、散文詩的な何か、あるいは須田節が滲んでいます。

須田 散文を書く方は多いですが、散文詩を書く人って世の中にあまりいませんよね。こうなると、僕ぐらいは散文詩でがんばりたいですね。散文詩家っていいですね。いつか名乗ろう(笑)。

――(笑)。宮沢賢治のように須田さんの中にある確固たる世界があって、須田さんはそれをふつうに述べているだけなんですが、それが外からは多少わかりづらくても統一感があって、人を惹き付けるんだと思います。

須田 僕の作品は自覚は無いのですが、どう読んでいいかわからないということが多いんでしょうね。ゲームもどう遊んでいいかわからないところもあると思うんですけども。ただ、ビデオゲームを作るなら、世にあるクローン的なもの、コピー的なものじゃないものを作りたいというのが、まずは絶対ありきで。

――なっていると思います。

須田 マンガ原作にしても、自分がやるときに、ほかのマンガ家さんを意識して書いてもまったく意味がないですよね。いまのコミックビームにないもの、いまのマンガ界にないものをやらないと、おもしろくない。そうでなければ「いっしょにやろう」と言ってくださった奥村さんにも失礼ですし、もちろんビデオゲームであればガンホーにも失礼ですし。ほかじゃ作れないビデオゲームを作らないと、グラスホッパーである意味がない。須田寓話はやっぱり編集長、担当が「困るな……」というぐらいのものを書かないと。「ナンダコリャ!?」と言わせたら僕が勝ちだなという気もします。やっぱり、いっしょに作っている人たちにまず驚いて楽しんでもらわないとおもしろくないんですよね。須田寓話などは最新のものを書くと、スタッフがすぐにけっこうなリアクションを、「おもしろいですね」って言ってくれるんです。おもしろくなかったら何も言わないんですけど(笑)。

――(笑)。

担当 “ディランディラン”とか、「タイプミスか?」と思って読み進めていくと、ちゃんと修正されますからね(笑)。担当としてもプロットはいただいていますが、先が読めなくて少々ハラハラしていました。読者の皆さんもそうだったのではないでしょうか(笑)。

須田 だと思いますね(笑)。さらに言ってしまえば、『暗闇ダンス』が竹谷さんとのコンビなのに比べ、須田寓話は僕個人です。編集長と担当がオーケーなら、それで完結するものなので。究極のパーソナル。須田寓話はモノを作り上げる最少人数でモノを作るということをやれているのが、ちょっとおもしろいですね。

――かなり自由度はあると思います。

須田 小説ではないものを僕は書こうと思っているんです。自分では“テキスト”という言いかたをしていますが、自分が生み出せる“テキスト”をたくさん皆さんにお届けしたいなと思っています。早くまとめて読めるようにしたいのと、何か新しいコンテンツがそこから生まれるといいなと思っています。須田寓話からいろいろなメディアに派生していくようなものになるといいですよね。

――それを期待してお願いしているんですから(笑)。

須田 もちろん須田寓話自体を単行本としてまず出すという目標はありますが、ひとつひとつの話をさまざまな形のコンテンツ化まで持っていければいいなと思います。たとえば『まっ赤な女の子』はライトノベルに仕立て上げ、アニメ化まで持っていくとか。僕らの悪ふざけの延長でどこまで持っていけるかなって。

――突然のジュブナイルだったのは、そのへんを見越してのことでしょうか。

須田 いや、書いていると、「あ、これはラノベになるんじゃないか」と思うわけです。このトーンで書けばけっこう分量も書けるんですよね。たぶん文庫本程度のボリュームになるのではと。じつは『シルバー事件』のナンバリングのなかに、書いてないシナリオがあるんですよ。エンジンがそこまで回ったら書こうかなとも思っています。やりますよ。ムチャクチャやろうかなと思っていて。

――それはとても期待が膨らみますね!

須田 いろいろなチャンスをいただいているからこそ、これからはそれをぜんぶ花開かせたいんですよね。『LET IT DIE』もそうですし、『暗闇ダンス』もそうですし、須田寓話もそうなんです。いろいろなアイデアややりたいことが出てきて、まだまだ出てくるとおもしろいなとは思いますが、『LET IT DIE』なり、『シルバー事件』なりを一本一本キチンと作るというのも僕の仕事です。いまは準備しているものが一気に花開いたと。それ以外のクリエイティブな活動も含め、すべてが相乗効果を上げていいカタチに持っていけるように続くといいなと思っています。とにかくゲームを遊んでもらえるように、引き続きがんばりたいなと思います。

――追いかけさせていただきます。

須田 ぜひお願いいたします。


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 大きな作品を手掛けるために一度深く潜ったあと、呼吸をするために水面に姿を現した須田氏。それは北の海でときおり姿を現す鯨のようでもある。ファンとしては目を凝らして水面を見つめ、その大きなカラダで水面を持ち上げて現れた氏の姿や、噴き上げる潮、陽の光できらめく飛沫を楽しめばいい。優雅で驚きにあふれたその姿を追いかけて、見つめようではないか。

最終更新:9/1(木) 16:32

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