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リオ超人烈伝「初めての“ゾーン”で得た新境地」 ~車いすテニス・眞田卓~

カンパラプレス 9/1(木) 21:03配信

「もう、誰が相手でも勝てる」
 昨年12月、眞田卓選手はシーズン最後に新たな自分への可能性を感じ、1年を切った“本番”への自信を掴んだ。それは1年間続いていたトンネルをようやく抜け出し、その先に見つけた光でもあった――。

伸び悩んだ2015年、最後に掴んだ手応え

 昨年、眞田は人知れず苦しんでいた。「常に世界ランキング8位以内にいる安定感」を目標にし、実際に1年間、一度もランキングを落とすことはなかった。だが、8位の座から上がることもなかった。そんな停滞状態の自分自身に伸び悩みを感じていたのだ。

 現状維持の状態から打破しようと、用具も試行錯誤していた。昨年10月には、ラケットの重さを一気に50グラム軽くした。ところが、そのラケットを使用した米国の大会で、結果は優勝したものの、右肩を痛めてしまった。
「ラケットが軽くて振れたので、自分の力を余分に爆発させてしまったことが原因だと思います」

 しかし、そのままカナダへと移動し、次の大会にも無理に出場したことで、さらに右肩は悪化。帰国後はラケットを持って上げることも、車いすを操作することもままならない状態だったという。約3週間後には広島での大会が迫っていた。「1週間すれば、また練習もできる」と思っていた眞田は、当然のように出場するつもりでいた。だが、トレーナーがストップをかけた。今は休養すべき時だと判断したのだ。

 初めは「痛みがあるなんて選手として普通のこと。欠場までして休養することには抵抗があった」が、最後にはトレーナーの助言を受け入れ、欠場を決意。次の大会までの間にMRIやレントゲンを撮って体の状態を把握することにした。レントゲン写真を見ると、右肩の肩鎖関節の部分が真っ白に写り、ひどい炎症を起こしていることがわかった。そこで体に負担のかからないフォームの修正にとりかかった。これが功を奏し、全くと言っていいほど痛みのない状態で、世界マスターズを迎えることができたのだ。

「それまでは痛みが出たら、ステロイドの注射を打ってプレーしていたんです。でも、ステロイドは一過性のもの。すぐにまた痛みが出てきて……ということを繰り返していたんです。それを今回は、きちんと体の状態を把握したうえでフォームの修正をした結果、世界マスターズでは1週間の大会期間中、痛みが出ることはありませんでした。痛みというストレスなくプレーできるようになったことは、本当に大きかったです」
 そして、そのコンディションの良さが、眞田に新たな力を生み出すこととなった――。

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最終更新:9/1(木) 21:03

カンパラプレス

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