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ANA整備士「賢すぎる飛行機」特集・さよなら日本初の777、JA8197(前編)

Aviation Wire 9月2日(金)12時36分配信

 1995年10月4日、日本初のボーイング777となった777-200(登録番号JA8197)が全日本空輸(ANA/NH)へ引き渡された。この初号機による初便は、同年12月23日の羽田-伊丹線。就航当時は垂直尾翼に「777」と大きく描かれ、最新鋭機であることをアピールしていた。

 就航から20年7カ月が経過し、8月15日に商業運航最終日を迎えた。羽田着が札幌発NH70便、羽田発は伊丹行きNH41便がラストフライトとなり、その後伊丹で売却整備を実施し、22日夜に羽田から売却先の米国へ飛び立った。

 日本で初めて導入された777が退役した今、当時から機体に携わってきた人はどう感じているのだろうか。本特集ではANAの整備士とパイロットに、導入当時の様子などを聞く。

 今回の前編では、ANAベースメンテナンステク二クスの機体整備部に所属する。溝田政彦整備士にお話を聞いた。

 溝田さんはANAグループの現場の整備士約3000人の中で、28人しか認定されていない「グループマイスター」という、社内整備士の技量認定制度の最上位グレードの認定を受けたエキスパートで、一等航空整備士の審査員も務める。

 737-200から整備に携わってきた溝田さんは、20年前の1996年に777のライセンスを取得。8月に60歳を迎えた溝田さんは、図らずも初号機JA8197の退役と同時期に、整備士生活の節目を迎えた。

---記事の概要---
・747-400から進化
・賢すぎる飛行機
・技術的に熟成したボーイングの集大成
・初号機退役と重なった定年

◆747-400から進化

 777を整備することになった溝田さんは、コンピューター制御が本格的に導入された機体を見て、747-400との違いを痛感する。

 「飛行機自体がだいぶコンピューターライズされてましたね。747-400も『CMCF(Central Maintenance Computing Function)』で機体の状況をいろいろ知ったり、テストを一元化できるようになっていたのですが、777はさらに一歩進んだ『MAT(Maintenance Access Terminal)』というものが採用されました」と、“テクノジャンボ”の愛称が付けられた747-400と比べ、より進んだシステムが採用されていた。

 「飛行機の健康診断も全部コンピューターが全部やってくれます。MATになにかメッセージが出れば、それをチェックして対処すれば良いようになっています」と、747-400までは紙で参照していた不具合のメッセージが、MATに表示されるようになっていた。これにより、シップサイドでだいたいの問題が解決できた。

 ところが最初のうちは、進化しすぎたシステムが溝田さんら整備士たちを悩ませる。現在は不具合が起きてなくても、将来的に何か問題が発生する懸念があるものも、表示されるからだ。

 「導入当初はノウハウも経験もなかったので、どこまでキャリーオーバー(修理の持ち越し)できるものなのか判断に苦労しましたね。夜12時までの勤務なのに、朝まで掛かったこともありましたよ」と振り返る。

 777のコックピットは、747-400と比べても進歩していた。「サーキットブレーカーやスイッチが減りました。必要最低限のスイッチとライトしかなくなってしまいましたね」と話す溝田さん。当時は747SR(従来型の747)も、まだ運航していた時期だった。

 「777の修理をしていて、たまに747SRのコックピットに入ると、『うわぁ、こんなにスイッチがあるのか』となりましたね」と、新旧世代が入り交じった当時を振り返った。

◆賢すぎる飛行機

 現在の航空機は、コックピットのモニター画面に計器類が表示されるグラスコックピットが一般的。777も「EICAS(Engine Indication and Crew Alerting System)」と呼ばれるシステムが導入されている。

 これまでは多くの計器が並んでいたものが、何かが起きるとEICASに表示される方式に変わったことで、777導入当初は「すごく違和感がありましたね」と溝田さんは話す。

 「747SRのアナログチックなコックピットであれば、『これは数値が高いな』とわかりますが、当時はメッセージを調べないとわからないものもあったので、慣れるまでは大変でした」と、当時は苦労が続いた。

 そして777は、故障が予見される場合もメッセージを出すようになった。「賢すぎて何でも出すんですよ」と笑う溝田さんたち整備士を悩ませた。747SRや737であれば、故障などを知らせるライトが点かなければ「問題なし」と判断できるが、777はそうではなかった。

 「事前に不具合の兆候があると、今は壊れていなくてもメッセージを出してくれるのですが、これを消さなければならない。ドックアウトする直前に出ると、『何で今出るんや!』って怒りたくなる時もありましたよ」と笑う。

 そして導入から5年も経つと初期の不具合も出尽くし、777が出すメッセージの意味をどう見極めるかといった整備のノウハウも蓄積されていった。

◆技術的に熟成したボーイングの集大成

 「既視感のある新しさというか、古い中にも新鮮さがある機体ですね」。20年前に777を初めて見た時、溝田さんはこう感じたという。後に目にする、最新技術をふんだんに盛り込んだ787とは違う新しさだった。

 777はランディングギア1脚につき、3軸6本のタイヤをはいている。「6つのタイヤではブレーキが利きすぎるので、タキシングの時はランダムにブレーキをオフにする機構が採用されています」と、タイヤの本数が増えたことに対する工夫にふれた。

 そして機体に搭載するコンピューターが増えたので、磁気による影響を受けやすくなっていた。このため、スポイラーなど機体の各所から電気室のコンピューターへ向かうケーブルが、磁気の影響を受けていないかを、工具を使ってチェックしなければならなくなった。リミットの値を超えていると、ケーブルを交換する。

 日々の整備ではこうした手の掛かる作業も増えたが、「777はものすごく良い飛行機」と溝田さんは高く評価する。そして777の次に世に出た787は、あらゆるものが電子制御に置き換わり、“電気飛行機”とも呼ばれるようになる。

 「777は技術的にも熟成した機体。エレキ(電気)、ハイドロ(油圧)、ニューマチック(空気の圧力)を使う飛行機としては、ボーイングの集大成ではないでしょうか」。

◆初号機退役と重なった定年

 一等航空整備士の審査員も務める溝田さんが保有する資格は、737と747SR、747-400、777、787。この中で一番好きなのは777だという。

 「いろいろ苦労しましたからね。思い入れがないとやっていけないです」と話す溝田さんは、賢すぎる777のメッセージを導入当初から読み解いてきた整備士の一人。

 「何月何日にこのメッセージが出ているから、ぼちぼち交換しないといけないと判断できます。一方で、整備する側がシステムを熟知していないと、メッセージを見ても『これなに?』となってしまうんですよ」。この故障の予兆を知らせる仕組みを使いこなすことこそ、777が日々確実に出発していく源泉と言える。

 8月に溝田さんは60歳になり、定年を迎えた。奇しくもANAの777初号機であるJA8197の退役と同時期になった。

 「777導入から、手掛けた機体は777ばかりでした。いみじくも777と一緒に退役かと、非常に寂しい感じがしますね」。感慨深く話す溝田さんは、雇用延長となった9月からも整備の現場を支え、後進の指導にあたる。

 溝田さんとその教え子たちは、今日も“賢すぎる飛行機”を空へ送り出している。

Tadayuki YOSHIKAWA

最終更新:9月2日(金)12時37分

Aviation Wire