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ローカル線足切り指標の「輸送密度」とは何か?

ITmedia ビジネスオンライン 9月2日(金)7時22分配信

 8月30日付の日本経済新聞によると、JR北海道は7線区を選定し、自治体と路線存廃を協議するという。輸送密度500人未満の線区で、近日中にリストを公表する。また、輸送密度が2000人以上の線区はJR北海道が単独で維持する方針とのことだ。

【JR北海道の発足当時、黒い実線はすべて輸送密度4000人/日以上だった】

 JR北海道は7月29日に“「持続的な交通体系のあり方」について”という文書を発表した。秋までに線区語との存廃方針を決定し沿線自治体に相談したいという趣旨だ。廃止路線についてはバス転換、存続路線についても運行本数削減や駅の廃止などコスト削減を求める方針だ。この時点では線区ごとの存廃の判断を明示しなかった。しかし、自治体側の反応は早く、道や国に対して陳情を始めたり、夕張市のように先手を打って廃止に同意し、バス交通体型への支援を求める動きもあった。

●「廃止」と「存続確定」を分ける運命の数字

 8月30日の報道は、具体的な線区の存廃について基準を示した。輸送密度500人未満は廃止、2000人以上は単独維持である。線区ごとの輸送密度は「持続的な交通体系のあり方」で発表されている。

廃止方針の線区(2015年度輸送密度500人未満)

 宗谷本線(名寄~稚内)

 留萌本線(深川~留萌)

 留萌本線(留萌~増毛)

 札沼線(北海道医療大学~新十津川)

 根室本線(滝川~富良野)

 根室本線(富良野~新得)

 根室本線(釧路~根室)

 石勝線(新夕張~夕張)

 日高本線(苫小牧~様似)

 このうち、留萌本線(留萌~増毛)は廃止が決定し、12月4日が最終運行日となった。石勝線(新夕張~夕張)は前述の通り廃止が内定している。近々、JR北海道から正式に廃止届が提出されるはずだ。残り7線区が新たに廃止リスト入りとなった。なお、平成26年度のデータでは釧網本線(東釧路~網走)が輸送密度466人でリスト入りしていた。平成27年度は500人~2000人に区分されており、最悪の事態は脱した。

JR北海道単独維持方針の線区(2015年度輸送密度2000人以上)

 海峡線(中小国~木古内)

 江差線(木古内~五稜郭)

 函館本線(函館~長万部)

 函館本線(小樽~札幌)

 函館本線(札幌~岩見沢)

 函館本線(岩見沢~旭川)

 室蘭本線(長万部~東室蘭)

 室蘭本線(東室蘭~苫小牧)

 室蘭本線(苫小牧~沼ノ端)

 千歳線(沼ノ端~白石)

 千歳線(南千歳~新千歳空港)

 札沼線(桑園~北海道医療大学)

 石勝線・根室本線(南千歳~帯広)

 根室本線(帯広~釧路)

 このうち、海峡線(中小国~木古内)は北海道新幹線へ転換済み、江差線(木古内~五稜郭)は道南いさりび鉄道に転換済みだ。平成26年度のデータでは函館本線(函館~長万部)、根室本線(帯広~釧路)は2000人未満だった。平成26年度は2000人以上のリストに入り、JR北海道に見捨てられずに済んだ。このように、500人、2000人の当落線上で揺らぐ路線があるから、JR北海道としても存廃の査定は慎重にならざるを得ない。

●「線区」と「路線」の違い

 リストには同じ路線名が何度も出てくる。これは路線を区間ごとに分割して統計を取っているからだ。分割された区間を「線区」と呼んでいる。

 鉄道路線の存廃を路線単位にすると、1つの路線で利用率の高い区間と低い区間を平均した評価になってしまう。平均して利用率が高くて黒字でも、末端区間ではとんでもなく赤字になっていれば見過ごせない。逆に、平均して利用率が低い路線を廃止すると、実は利用者の多い黒字区間まで失ってしまう。そこで、鉄道会社は主に長距離路線について、線区ごとに営業成績を評価する。

 これは会社の営業部門の評価に通じるかもしれない。営業1課や営業2課など、部門ごとに評価すると、その下のグループや個人の成績と評価が反映されない。優秀なグループの利点は目立たないし、劣等なグループの問題点は見過ごされる。

 線区の分割は、鉄道会社の列車運行の都合で実施される。駅に折り返し設備があるか、他の路線と接続しているか、車庫があるか、などだ。

 運行の都合とは一方的だけど、列車の運行区間は、おおむね乗客の動向も加味されている。JR北海道では石勝線の南千歳~新得と、根室本線の新得~帯広を1つの線区にまとめている。これは、石勝線が札幌と帯広・釧路方面のバイパスとして整備されいるから。根室本線の新得~帯広間と一体的な運行になっている。根室本線は本来、滝川~富良野~新得~帯広~釧路だけど、石勝線開業以降、滝川~新得間の直通特急は消えて、輸送実態としてはローカル路線になった。

 500人以上、2000人未満の線区について、報道では判断が示されていない。しかし、「持続的な交通体系のあり方」を振り返れば、自治体の支援が得られれば存続。全く得られなければ廃止と解釈できる。

●輸送密度とは何か

 さて、ここまで何度も出てきた「輸送密度」とは何か。これは鉄道路線の利用度を示す指標の1つだ。公共交通機関ならではの事業評価方法と言える。民間企業の事業評価は「黒字か赤字か、赤字なら回復の見込みがあるか、その需要はあるか」となる。しかし公共交通事業の場合は、損益よりも需要の有無が重要になる。一定の需要があり、他の事業の収益で補填できるなら廃止できない。公共性の維持が企業の趣旨である。

 輸送密度とは「1日1キロメートルあたり、どのくらい運んだか」という指標だ。鉄道は人だけではなく貨物も運ぶから、単位は「1キロメートルあたり○○人/日」または「1キロメートルあたり○○トン/日」となる。このうち旅客については「1日1キロメートルあたり平均通過人員」と記され、単位は人/日と記される。

 鉄道路線やバス路線の輸送量を比較する場合、単純に利用人数を数えても意味がない。どの路線も全区間を通して乗る人は少ない。途中の駅から乗り、途中の駅で降りる人もいる。「一部区間を乗る人が90人、全区間を乗る人が10人の路線」と、一部区間を乗る人が10人、全区間を乗る人が90人の路線が同じ「利用者100人」になってしまう。そこでまず、利用者ごとに利用した距離を計算する。これを「人キロ」という。

 ただし、単純に人キロを比較すると、長距離路線は数字が大きくなりやすく、短距離路線の数字は小さくなりやすい。そこで、利用率を比較するために、人キロを路線の距離で割る。1キロメートルあたりの利用者数で比較するわけだ。

 さらに、平日と休日、盆休み、年末年始などで利用者数を加味したい。通勤路線では平日の利用率が高く、観光路線では休日の利用率が高くなるからだ。そこで、1年の利用者数の合計から1日あたりの利用者平均を算出する。これが1日1キロメートルあたり平均通過人員である。単純に平均通過人員と表記される場合も多いし、旅客輸送に限った話では、平均通過人員の意味で輸送密度と称する。

 これを数式で表すと、

 「調査期間の人キロ」÷「路線の距離(キロメートル)」÷「期間内に営業した日数」

 となる。調査期間はほとんどの場合、企業会計年度だ。つまり、4月1日から3月31日まで。「期間内に営業した日数」で割る理由は、閏(うるう)年はもちろんだけど、年度の途中で廃止したり、開業した場合を考慮しているからだ。365日営業した路線と、180日しか営業していない路線では、短期間の路線の方が平均値が高くなってしまう。ただし、災害や事故で運休した期間は含まない。「営業期間でも乗客ゼロだった日」として、路線の実績に反映させるからである。

 また前述のように、輸送密度は貨物輸送の評価基準でもある。路線の存廃にあたっては、単純に平均通過人員だけで評価できない。平均通過人員と平均通過トン数の両方を考慮する必要がある。もっとも、日本の旅客鉄道のほとんどにおいて、貨物輸送はゼロまたは比率が小さいので、主要幹線以外は考慮されない。石北本線は本州向けタマネギ輸送で知られているけれども、JR貨物は自治体の援助がなければ廃止の方針だった。逆に、旅客輸送が小さくて貨物輸送が多い場合は、貨物専用線として考えるべきだ。

●足切りとなる輸送密度は4000人/日だった

 鉄道路線において輸送密度という考え方が一般に広まった時期は、国鉄時代の赤字ローカル線廃止論議からだ。

 1968年に国鉄諮問委員会が赤字線廃止を提案した。このときの基準は輸送密度ではなかった。「営業キロが100キロメートル以下。沿線人口が少なく(乗降需要がなく)、鉄道網に寄与しない(通過客も少ない)。定期客が3000人以内、JR貨物の1日発着扱いが600トン以内。競合する輸送機関より利用が少ない」という基準で、当時83路線が廃止対象となった。営業密度は関係なく、主観的な要素も混じった。

 次の段階の赤字ローカル線廃止は、1980年に制定された日本国有鉄道経営再建促進特別措置法(国鉄再建法)であった。ここで国鉄の路線は幹線と地方交通線に分類され、地方交通線については割増運賃を認めた。このとき、幹線の条件として「単独で旅客輸送密度8,000人/日以上」「2つの主要都市(10万人以上)に接続し、30キロメートル以上で、旅客輸送密度4000人/日以上」などがあった。これ以外の路線は地方交通線であり、さらに「輸送密度4000人/日未満」の路線は「特定地方交通線」としてバス転換が適当と判断された。

 つまり、国鉄が公共事業として鉄道を維持する基準は「輸送密度4000人/日」であり、この数字に満たなければ国家事業として公共的な鉄道とは言えない。限られた利用者のための路線と判断された。ただし、この条件に該当しても、道路事情が悪くバス転換できない路線は特例として対象から外されている。

 その結果、国鉄から「輸送密度4000人/日」で足切りされた路線については、バスに転換するか、自治体が出資して第三セクター鉄道に転換された。現在、新幹線の並行在来線以外の第三セクターについて、ほとんどがこの判断で第三セクターとなった。

 地方の過疎化が進み、このときの基準をもう一度適用すると、JRグループでは存続できない路線が多い。JR北海道で存続できる路線は、函館~東室蘭~札幌、小樽~札幌~旭川、(札幌~)南千歳~帯広、(札幌~)桑園~北海道医療大学、これだけだ。JR北海道ではなく、JR札幌と改名したくなる。

●新たな足切り輸送密度は500人/日となる?

 今回、JR北海道は足切りの輸送密度を500人/日未満とした。いったん国が「4000人/日未満は公共交通の義務ではない」と決めた数字よりかなり低い。自力で維持する路線も輸送密度2000人/日で、国鉄の基準の半分だ。JR北海道の公共事業体としての責任を問う声もあるけれども、2000人/日、500人/日という数字は、国鉄時代の存廃論議よりも大きな譲歩と言える。一昔前なら切り捨てられるレベルの路線を、公共交通機関の自覚を持って、何とか維持してくれたわけだ。そして、これはJR北海道だけではない。他のJR旅客会社も同じだ。

 9月1日、JR西日本は、存廃問題で揺れている三江線について、正式に廃止を表明した。三江線の輸送密度は50人。JR北海道の廃止基準の1割にすぎない。そして、輸送密度500人/日という数字は、本州、四国、九州にはゴロゴロしている。三江線以外は表面化していないけれど、隠れメタボのような存在だ。

 特に上場企業であるJR東日本、JR東海、JR西日本では、株主からいつ廃止を提案されてもおかしくない。現在は鉄道事業に好意的な株主が多いだろう。しかし、出資者本来の役割として、利益を阻害する要因は質すべきだ。公共交通とはいえ、赤字路線を民間企業が担うべきか否か。

 その基準として、輸送密度2000人/日以上の路線を維持すれば公共交通事業とみなす、という判断はできる。500人/日未満は廃止せよ、2000人/日未満は自治体の支援を求めよ、JR北海道だってそうじゃないか。それでも国鉄時代よりは誠意があると考えてほしい。そんな風に企業と株主が意見を一致させた場合、北海道以外にも消えていく路線はある。

※ JR九州で輸送密度500人/日未満の路線(2013年度)はなし。(参考:国土交通省 鉄道統計年報平成25年度)

 JRグループだけではなく、大手私鉄、バスや他の交通機関にも「500人/日未満」という数字は影響を与える。JR北海道が輸送密度の数字を掲げたことで、これが足切りの新基準と解釈されるだろう。日本の交通問題全体に波紋を広げる数字と言えそうだ。

(杉山淳一)

最終更新:9月5日(月)20時5分

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