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石棺上に大量の鉄製品 喜多方の灰塚山古墳 大刀や矢尻など

福島民報 9月2日(金)12時10分配信

 福島県喜多方市慶徳町にある古墳時代中期(5世紀ごろ)に築かれた大型の前方後円墳「灰塚山古墳」から副葬品の大刀(たち)や矢尻など大量の鉄製品が見つかった。調査をした東北学院大文学部の辻秀人教授(65)によると、同時期の古墳から多量の鉄製品が発見されるのは東北で初めて。
 古墳は全長約61メートルで、後円部から石棺と木棺計2基が発見された。石棺のふたの上に鉄製の大刀と剣、矢尻数10点が載せられていた。内部は未調査で来年、本格的に調べるという。木棺は酸性の土壌で溶けて消滅していたが大刀や青銅製の鏡、漆塗りのくし、ガラス製の腕飾りなどは残っていた。石棺は板状の石でふたがされ、粘土で周囲を塗り固める独自の埋葬法。他の古墳では見られないという。
 辻教授は平成23年から調査を重ね、副葬品の種類や規模などから埋葬されたのは会津地方を治めた豪族とみている。市内塩川町には国内最大級の豪族の居住跡とされる国指定史跡・古屋敷遺跡がある。辻教授は古墳と遺跡の築かれた年代が近いことから、「遺跡を支配した権力者が埋葬されている可能性が高い」との見方を示した。
 古墳時代中期に会津地方で古墳が築かれた例は少なく、古墳を多く築造した大和朝廷との関わりは薄いとされていた。当時、大和朝廷は朝鮮半島から、ほぼ独占的に鉄製品を輸入しており、会津地方の豪族と何らかの関わりを持っていた可能性があるという。
 現地説明会は6日午後1時から同市慶徳町新宮の発掘現場で開かれる。

福島民報社

最終更新:9月2日(金)12時13分

福島民報