ここから本文です

レディー・ガガの靴を作った男 舘鼻則孝が語る、ファッションで世界に挑戦する方法

SENSORS 9月2日(金)12時0分配信

レディー・ガガが愛用するヒールレスシューズを作ったことでも知られる舘鼻則孝氏がSENSORS SHIBUYA FASHIONCODE WEEKに登壇。 日本の伝統工芸について学んだ学生時代から、ヒールレスシューズ誕生の秘話、そして素材から作品を作り出す力を身につけるきっかけとなった幼少期の経験など、舘鼻氏のものづくりに対する想いの全てが語られた。 聴き手は日本テレビアナウンサー・葉山エレーヌ。

【画像5枚】SENSORS: 「レディー・ガガの靴を作った男 舘鼻則孝が語る、ファッションで世界に挑戦する方法」画像一覧

■ヒールレスシューズは「社会に向けて」作ろうと考えた卒業制作がきっかけ

舘鼻: (レディー・ガガさんがシューズを履いて跳んでいる写真を見ながら)今では世界の美術館にも収蔵していただいている僕の代表作はこちらです。 ジャンプしても着地できる安定性もあります。

--それは靴の安定、レディー・ガガさんの身体能力、どちらが大きいですか?

舘鼻: どちらもですね。たくさんのオーダーをしてくれて、高さが60センチ程にもなる靴を依頼され、制作したこともあります。 この作品、実は花魁が履いている高下駄から影響を受けた作品なんです。学生時代は東京藝大で日本の伝統文化を専門的に学ぶ、工芸科に在籍していました。

--なぜ日本の文化を学ぼうと思われたのですか?

舘鼻: 世界に挑戦するために何が必要か考えた時、アイデンティティが大切だと思ったんです。つまり、自分は何者なのかということ。僕の場合は高校生の頃、「自分は日本人だ」というのが最後に辿り着いた答えでした。 それは自分では選んでいない、最初から決まっていた宿命だからこそ、強みにしようと思いました。 ファッションデザイナーを目指した当初は外国人のデザイナーのように活躍したかったけど、一番重要なものは足元にあって、それに気づいた時「自分の生まれた国のことをもっと知らなければ」と感じて大学時代は日本の伝統文化について学ぶ道を選びました。

--改めて、学生時代はどんなことを学んでいたのですか?

舘鼻: 東京藝大はいろんなことが勉強できる環境ではあったのですが、技術はもちろん、何を研究するかが大切で、それは先生が教えてくれる訳ではないので日々模索しながら勉学に励んでいました。 花魁の装束を研究対象として学んでいた4年生の頃、カラスの文様を身にまとう花魁の写真を見つけ、それを題材にして作品を制作していたことがあります。カラスは黒い鳥で死の象徴でもある不吉なモチーフなのにもかかわらず、どうしてカラスなのか。既製品がなかった時代、あえてカラスを選び着る、不健全なものだからかっこいいという価値観、それを選択するという行為そのものがファッションだと感じました。

--学生時代の頃の作品を拝見すると、古典的な「和」の作品が多いように思いますが、どのようにしてレディー・ガガさんが履いているヒールレスシューズのような、前衛的な作品に行き着いたのですか?

舘鼻: 実はヒールレスシューズは卒業制作なんです。 卒業制作は社会に出るスタート地点であると同時に、学生としての創作の最後のチャンスだと考えていました。 学校は自分の作品を見て欲しいと言わなくても先生が見てくれるぐらいに守られた環境です。一方で、社会は自ら発信していかないと誰も振り向いてくれない。だからこそ、学生最後の作品は学校のやりかたや方針にとらわれずに社会に向けてものづくりをしようと考えました。そして古典的な作品を作っていた当時、それまでの学びと技法を踏まえて、ヒールレスシューズという未来を見据えた作品を初めて作りました。

--周りの反応はいかがでしたか?

舘鼻: 伝統工芸を専門にしている先生方には、あまり響きませんでした。卒業制作まではルールに則ってやっていたけれど、卒業制作では新しい世界に羽ばたきたいという思いを作品に込めたんです。ただ、新しいものや見たことのないものを認めてもらう厳しさを感じました。

1/2ページ

最終更新:9月2日(金)12時0分

SENSORS