ここから本文です

関東大震災を予測した「地震の神様・今村明恒」が伝えたかったこと

TOKYO FM+ 9月2日(金)12時46分配信

防災の意識。それを持っているだけで、イザというときの被害はかなり違うはず。それでも日常の中、危機意識をずっと持ち続けるということは、しんどいものです。だからこそ、この防災週間のタイミングでその見直しをしっかりしておきたいものです。今回は、あるひとりの男性の人生から、防災意識の大切さを学びます。

いつか来ると言われている関東地方での大地震。
今、ある程度の予測をたてられるようになったのは、過去の学者たちの偉業でもあります。
今回は、今村明恒という地震学者をご紹介しましょう。

今村明恒は、明治生まれの熱心な地震の研究者でした。
その熱心さは、日本書紀から始まる2000以上の「日本の地震の記録」を、ソラで唱えられるほど。
その彼が確信している事実、それは「東京ではおよそ100年ごとに一度、大地震が起こっている」ということ……。

この研究結果を発表すると、時の新聞社は、恐怖をあおるような報道をします。
結果、パニックを起こして民衆に混乱を招いてしまうのです。
この混乱を鎮めようと別の学者が「東京で大地震は起きない」と発表。
ひとたび、今村は、世間から「大ほら吹き」と不名誉な評価を受けてしまいます。

もちろん今村が望んでいたのは、混乱でも恐怖感を煽ることでもありません。
「いつか来るかもしれない大地震に備え、あらゆる準備をしておくこと」。
それが最も伝えたいことでした。
ですが、これが歪曲して伝わり、自らも汚名を着せられてしまいます。
そしてその18年後、あの関東大震災が起こるのです。

東京の家屋の7割が消失したと言われる未曾有の大災害。
今村は「私の意見が受け入れられなかったのは、自分の研究が未熟だったからだ」と後悔の念にかられたといいます。
そしてもう一度立ち上がり、あらゆるメディアを使って「防災対策」の啓蒙をはじめるのです。
こうして、東京は初めて防災都市へと歩み始め、今村は汚名を払しょく、「地震の神様」と呼ばれるようになりました。

彼は自分自身で稼いだお金を、今度は「南海地震の観測所」の費用にすべてつぎ込みます。
ですが、日本は太平洋戦争に突入。
防災にお金を使っている場合ではないと、この観測所も取り上げられてしまうのです。
終戦後、起こったのは南海大地震。
今村は、このニュースを聞き、ラジオの前で立ち尽くしたと言われています。

彼が伝えたかったのは、地震の予言ではありません。
準備をし、心がけ、万が一の際に自分や家族を助けられる状態を作っておくこと。
彼のような人々のおかげで、私たちは「防災の意識」をしっかりと持つ国民となれたのかもしれません。

(TOKYO FMの番組「シンクロのシティ」2016年9月1日放送より)

文/岡本清香

最終更新:9月2日(金)12時46分

TOKYO FM+