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25年ぶりVへ広島牽引、野村はなぜ好調なのか 元恩師が語る5年目覚醒の理由

Full-Count 9/2(金) 9:21配信

明大コーチが語る27歳右腕の素顔と好調要因

 25年ぶりの優勝へ、マジック「9」となった広島カープ。その原動力となっているのが、ここまでチームメートのジョンソンに次いでリーグ2位の12勝(3敗)を挙げている野村祐輔だ。

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 2011年のドラフト1位で明治大から入団した27歳の右腕は5月25日の巨人戦から8連勝をマーク。プロ2年目でマークした自己最多の12勝に到達した。防御率も9月1日時点でリーグ4位の2.87。勝率はリーグトップの.800を誇る。

 プロ5年目で飛躍を遂げた右腕を周囲はどう見ているのか。大学時代から野村を見てきた明治大学野球部コーチの田中武宏さんに大学時代のエピソードや今季好調の要因を聞いた。

 明大時代は東海大の菅野智之(現・巨人)、東洋大の藤岡貴裕(現・ロッテ)とともに大学BIG3と呼ばれていた野村だが、体格的には3投手の中で一番恵まれていなかった。

「やはり体が小さいから、ほかの2人に比べてエンジンが違うんですね。でも、野村は牽制やフィールディング、サインプレーがうまいんです。善波達也監督は『一番勝てるのは野村だ』と、いつも言っていましたよ」

悪夢を払しょくした大学時代の日本一

 田中コーチは懐かしそうにそう振り返る。岡山県出身の野村は中学時代、地元の野球チーム「倉敷ビガーズ」でピッチャーやショートとして活躍した。

「倉敷ビガーズでは、のちに明大でチームメートになる中村将貴(現・日立)と2人でピッチャーをやっていました。中村が投げる時は、野村はショートをやっていましたが、内野手をやっていた子はフィールディングが良いんです。大学に入って、ピッチャーは苦労するのですが、野村はそれができていました」

 1年生の時には4年に岩田慎司(現・中日)と江柄子裕樹(現・巨人)がいた。野村が頭角を現し始めたのは1年生の秋。先発として投げ始め、シーズン防御率0.00を達成。そして2年生の春、エースナンバーの背番号11番をつけることになる。

「本当なら3、4年生がつけるエースナンバーを実力で勝ち取りました。しかし、その後は優勝しても胴上げ投手になれなかったり、ここという時に勝てないことがありました。最後の最後、4年の秋に30勝300奪三振を達成して優勝、神宮大会決勝の愛知学院大学戦に完封で勝ち、初めて日本一になりました」

 野村は広陵高校3年生の時、小林誠司(現・巨人)とバッテリーを組み夏の甲子園に出場。決勝の佐賀北戦で7回まで被安打1に抑えながら、8回に逆転満塁本塁打を打たれ、準優勝に終わっている。当時、審判の微妙な判定も話題になった。

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最終更新:9/2(金) 9:21

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