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精神障害者ら後継者不足の農業で活躍 料理教室ともつながり販路拡大

埼玉新聞 9月2日(金)20時54分配信

 不ぞろいだが甘いトマト、みずみずしい大根―。精神障害のある人たちが地域で暮らし、働くことを支援している埼玉県さいたま市の公益社団法人「やどかりの里」(土橋敏孝理事長)のメンバーらが、荒廃した耕作放棄地を開墾し、野菜作りに取り組んでいる。無農薬で肥料も使わない「自然栽培」の農法と「自家採種」にこだわる。新たな“働く場”を模索する中でたどり着いた。地域住民に農業体験を通して自然と触れ合う農作業の楽しさを伝え、農地の保全につなげるのが夢だ。9月、大根の種まきが始まる。

■お年寄りの嘆き

 やどかりの里は、46年にわたり、精神障害のある人たちの生き生きとした暮らしと就労を支える活動をしてきた。現在は“働く場”が6カ所あり、230人余のメンバーが働く。

 農業構想は2012年、出版印刷を手掛ける「やどかり情報館」が地域活性化につながる新たな事業を模索しようと立ち上げたプロジェクトが提案した。

 同館副館長の宗野政美さん(54)によると、プロジェクトが地域を知るために発刊したコミュニティ誌の取材で、農業の後継者不足という地域の課題が見えたのがきっかけだった。「あるお年寄りは、荒れた休耕地の草を刈ることもできないと嘆いた」。こうした多くの声に応えるように14年10月、同館で農業のための準備が動き出す。

 職員の縁者が、同市見沼区御蔵で20年間も耕作が放棄されていた土地約660平方メートルを借りて開墾した。ボランティアも含め延べ60人が草を刈り、地中にはびこるヤブカラシのツルを除去。10カ月後、荒地は畑に戻った。

■自家採種で命つなぐ

 15年には同市緑区上野田の約1650平方メートルの土地も借り、御蔵の土地と共に野菜の自然栽培を始めた。担当は宗野さんら同館の職員3人と10人のメンバー。

 作物の種は、地域に昔から伝えられてきた貴重な種(在来種、固定種)を採種農家から譲り受けた。育てた作物から種を採り、それをまく。その繰り返しで“いのち”をつなぐ。宗野さんは「昔ながらの遺伝子を守るためにも在来種の自家採種を選んだ」

 在来種から採れる作物は、店先に並ぶ野菜のようにきちんと大きさがそろってはいない。

 「そろった作物は、JAの箱の規格に合うF1品種。一代交配なので翌年は、また種を買わなければならない」と宗野さん。「やどかりの里は、『一人一人が主人公』が合言葉。『みんな違ってみんないい』は自分たちに合っている」

 1年目の昨年は、サトイモやネギなど39種類の作物を収穫した。メンバーたちが、初めて手にしたのはステラミニトマト。「食物アレルギーの女性が買ってくれて『おいしい。野菜本来の味がする。これからも応援したい』と言われた時はうれしかった」と、宗野さんの声が弾んだ。

■地域とつながって

 今夏。上野田の畑には、ステラミニトマトを採るメンバーたちの姿があった。渡辺久子さん(59)は「草むしりとか、自然と触れ合うのが楽しい」と、空気を吸った。

 昨年12月、大根を収穫した桑原(くわはら)玄英さん(26)は「種植えから種採りまでやるので、達成感がある。やりがいのある仕事」と語った。宗野さんは「みんなと一緒に食事を取れるようになったメンバーもいる」と話している。

 新たな耕作放棄地も開墾中。干し芋やトマトなどを乾燥し、販路も拡大している。料理教室や「食べる会」などには地域からの参加が多い。農と食で地域をつなぐ“夢”が現実になりつつある。

最終更新:9月2日(金)21時5分

埼玉新聞