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毛沢東-金日成、1975年の最後の対話…「朝鮮半島武力統一」に異なる見解

ハンギョレ新聞 9/2(金) 6:52配信

中国の教授が会談を分析した書籍を出版 北朝鮮、独自の核開発へと進行 

 1975年4月18日、北京・中南海の毛沢東主席邸宅。写真の中の晩年の毛主席と金日成(キム・イルソン)主席は明るい笑顔で熱く手を握り合っている。しかし、これまで詳しく公開されたことのなかった二人の最後の対話はどんな内容だったのだろうか。

 中国華東師範大学の沈志華教授が、この疑問について決定的な答を提供できる資料を発掘し、新作「最後の『天朝』ー毛沢東・金日成時代の中国と北朝鮮」を通じて公開したと毎日新聞、朝日新聞など日本のマスコミが1日、報道した。

 二人の会合が行われたのは、ベトナムでホーチミンが米国を相手に決定的な勝機をつかみ、隣のカンボジアでポル・ポトの共産政権が親米政権を倒した激変の時代だった。金主席はこのような事実に言及し、「彼ら(ベトナム)の勝利は我々の勝利と同じ」と述べ、自分も朝鮮半島で同じ方法の武力統一を成し遂げたいという考えを毛主席に伝えようとした。しかし、1972年のニクソン大統領の歴史的な訪中により、米中「デタント」の道を開いた毛主席は、金主席のこのような話を回避し続け、「これ以上政治的な話はしない」と釘を刺した。結局、二人の対話は30分で冷ややかに終わる。

 沈教授は毎日新聞とのインタビューで、「会談では金主席が第2次朝鮮戦争をするとは言わなかったが、訪中前に朝鮮労働党内でこの問題について発言したことがある。実際に考えたのは確かだ」と話した。武力統一の夢を捨て切れなかった金主席に毛が冷ややかな反応を示し、二者会談が事実上失敗に終わったということだ。
 朝鮮半島専門家である慶応大学の小此木政夫名誉教授は、毎日新聞とのインタビューで「1975年に中国が北朝鮮の願った武力統一を支持しなかったという見方はあったが、具体的な内容は知られていなかった。(この会談で)金主席は、中国が結局のところ重要な時に自分たちを助けないということを痛感しただろう」と話した。結局北朝鮮はその後、中国から離れた自主国防路線を歩むことになり、ひいてはこのことが現在まで続く核開発という難題にまでつながったという分析だ。

東京/キル・ユンヒョン特派員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr)

最終更新:9/2(金) 6:52

ハンギョレ新聞