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リオパラ超人烈伝「満を持して臨む2度目のパラリンピック」 ~陸上・高桑早生~

カンパラプレス 9/3(土) 13:04配信

「4年後のリオでは、今の自分を超えられるように頑張りたいと思います」
 2012年、初めて出場したロンドンパラリンピック、全競技を終えた高桑早生は、自らに語りかけるように“ロンドン超え宣言”をした。その目にはさまざまな感情が入り混じった涙が浮かんでいた。

3年間立ちはだかった“14秒の壁”

「こんなにも素晴らしい舞台で走ることができたことに、幸せを感じました。ただ、世界との距離は遠かった。やっぱり悔しい気持ちがあります」

 超満員のスタジアムの中を走り抜けた、その興奮冷めやらぬ中、高桑の視線は既に次に向かっているように感じられた。あの時の彼女の姿は、しっかりと脳裏に焼き付いており、今もはっきりと覚えている。

 あれから4年。いよいよ高桑にとって2度目のパラリンピックが幕を開ける。振り返れば、ここまでの道のりは決して平たんではなかった。

 ロンドン後、まず最初に彼女の前に立ちはだかったのは「14秒の壁」だった。当時の自己ベストは13秒96。ロンドンのちょうど1年前、2011年9月に行われたジャパンパラ競技大会(ジャパラ)で高桑は自身初となる13秒台をマークし、一躍日本のトップランナーとなった。だが、ロンドンも含めて、それ以降、一度も13秒台を出すことができずにいたのだ。

 ようやくトンネルの向こうに光が見え始めたのは、2014年5月のことだった。取材の帰り道、携帯電話を見ると、高野コーチからの着信があった。急いでかけ直すと、「やりましたよ!」という声が飛び込んできた。一瞬にして、それが何のことかすぐにわかった。

 聞けば、一般の陸上競技の記録会に出場し、13秒98を出したという。実に3年ぶりとなる13秒台。普段は落ち着いた口調の高野コーチも、この時ばかりは喜びを隠し切れない様子であることは、電話口からも伝わってきた。

 2か月後の7月には、13秒69と自己ベストを更新し、高桑はついに日本記録保持者となった。さらに同年10月のアジアパラ競技大会では、13秒38をマーク。残念ながら追い風参考記録となったが、高桑の走りが確実にレベルアップしていることを証明するには十分だった。

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最終更新:9/3(土) 13:04

カンパラプレス