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スザノの富士見観音秘話

ニッケイ新聞 9/3(土) 5:07配信

 「藤川辰雄さんとご住職が地べたに頭を付いて、泣きながら『お願いだ、お願いだ』っていうんだよ。ああなったら断り切れないよ。仕方なく引き受けた」――青葉祭りで家紋の調査をする高橋幸衛さん(67、宮城県)=スザノ在住=は感慨深そうに、そう思い出す。先日の樹海で藤川辰夫さんがアマゾン河で謎の死を遂げた話を書いたら方々から反響があり、藤川さんが死の直前にスザノ金剛寺に建立した富士見観音の秘話も聞こえてきた。
 日本海外移住家族連合会の初代事務局長、藤川さんは16年間に渡って移民の送り出しに携わり、日本側留守家族と現地との親睦に努めた。自分が送り出した移民がどうなったかと南米視察を重ねる中で、無縁仏を供養せねばとの心境に至り、辞職して57歳で出家した。
 移民の無縁仏を供養するために、東京都伊豆大島の霊峰が見える高台に富士見観音を建て、それと対になるものを建立しようと金剛寺にお願いした。藤川氏が日本で寄付金を募って彫像し、86年に運びこんできた。ところがサントス税関で止められてしまい、いつになっても出てこない。
 7月末の開眼供養まであと2日になっても出される気配がない。藤川さんと初代住職の小田明照(めいしょう)さんが、税関職員と懇意な地元の輸出入業者と相談し、ニセ物を作ってこっそり本物とすり替えるという「秘策」が練られた。
 そこで手先が器用なことで有名だった高橋さんに白羽の矢が立った。「粘土で本物そっくりのニセモノの富士見観音を作ってくれ」と依頼する様子が冒頭の情景だ。「そんなことして大丈夫かなと心配もしたけど、とにかく藤川さんは必死の形相でね。『他に手段はない』って鬼気迫るものがあった」と高橋さんは振り返る。
 邦字紙を丸めて芯を作り、粘土で形を作った。参考になるのは富士見観音を撮った写真1枚だけ。高橋さんは徹夜で苦心して作業した。重さを合わせるのに石台に載せ、工夫してなんとか間に合わせた。そして件の同業者はすり替えにみごと成功し、本物を持ち出してお寺に据え付け、ぎりぎり間に合わせたのだとか。
「あの粘土だと数日もしたらひび割れが出てバラバラになる。時間と共に箱の中で粉々になったのでは。税関では、引き取り手のない物品は数年で廃棄処分すると聞いているから、もう跡形もなくなっていると思うよ」とも。法的には微妙な部分もあるだろうが、30年前のことだからもう時効だ。
 高橋さんは訪日した折、その時の話を父親にした。「怒られた、怒られた。そんなことをしたら日本なら監獄入りだ!ってね。すごい剣幕だった」と頭を掻く。改めて当地の専門家に確認すると「実行犯は相当な度胸と勇気を持った人物であったに違いない。もし当時発覚していれば、逮捕、拘留、有罪判決は間違いない。だが今はもう完全に時効が成立している」とのこと。
 移民史においては〃人助け秘話〃だ。高橋さんは「その時は知らなかったんだけど、その2カ月後に藤川さんはアマゾンで入水した。後から聞いた話だが、なんでも末期ガンだと本人は覚悟していたらしい」とも。
 伊豆大島とスザノに富士見観音を立て、自分はアマゾン河に――それが彼の最後の計画だった。必死の形相であったのも無理はない。スザノ金剛寺の富士見観音像の足元には「南米日系人の皆さん。どうぞ、ここにきて手を合わせて下さい…」、《死してなお菩薩の道をひとすじに迷える人の杖とならまし》との短歌も刻まれている。「死してなお」の部分に移民供養に捧げる彼の〃覚悟〃が伺える。
 スザノ金剛寺では毎年お彼岸供養をして慰霊する。今月18日正午から最初は本堂で、次に富士見観音前でお勤めがある。関心のある方は御参りしてみては。(深)

最終更新:9/3(土) 5:07

ニッケイ新聞

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