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戦前の学校生活克明 旧大垣高等女学校映像フィルム発見

岐阜新聞Web 9月4日(日)9時24分配信

 大垣北高(岐阜県大垣市中川町)で、同校の前身の1校の大垣高等女学校で1938~43年頃に撮影された、学校生活の映像フィルムが見つかった。女子生徒の勤労奉仕の様子を中心に、36年ベルリン五輪で日本人女性初の金メダルを獲得し、後に岐阜市に住んだ兵藤(旧姓前畑)秀子さんがプールの竣工(しゅんこう)式で平泳ぎを披露する場面も。生徒が機関銃の訓練を行う場面もあり、太平洋戦争に向かう時代の生徒の表情を伝える貴重な資料となりそうだ。5日の文化祭でデジタル化した映像が在校生や学校関係者に公開される。
 大垣北高は1894年に県尋常中学校大垣分校として開校。1948年に、同分校の後身の旧制大垣中学校(後の大垣高)と大垣高等女学校(後の大垣女子高)が統合し、大垣北高と改称された。
 フィルムは数年前に卒業生が校内の同窓会館内で発見。女学校のものは16ミリフィルム7巻で、1巻は劣化が激しかったが、残り6巻は保存状態が良かったという。卒業生らは3年前、大垣の街並みなど昔の映像をデジタル化していた東京大大学院生でNPO法人「記録と表現とメディアのための組織」(大阪市)研究員の松本篤さん(35)にデジタル化を依頼。6巻を全体で約60分間に編集し、フルハイビジョンで映像を鮮明にした。
 映像には昼食に日の丸弁当を食べたり、遠足で伊吹山に登ったりする日常的な学校生活の一方で、はだしになって地元の護国霊苑を造成する勤労奉仕、戦地の出征兵士に届ける慰問袋作りなどの活動も記録されていた。39年頃に岐阜市の歩兵第68連隊で女子生徒が機関銃を撃ち放つ場面では笑顔も。だが太平洋戦争が始まった41年頃になると表情や服装に変化が出てくる。
 女学校史には40年7月22日のプール竣工式に兵藤さんを招いた記録がある。映像にも大勢の女子生徒が見守る中、平泳ぎの独泳を披露する兵藤さんの姿が残る。45年の大垣空襲で焼失する前の国宝大垣城などもあった。
 当時の生徒は現在、90歳を超える年齢。松本さんは「記録と記憶を後世に伝えたい」として「16ミリフィルム内容調査プロジェクト」を立ち上げ、地元のまちづくり市民活動支援センターや研究者らと生徒を探して証言を集めている。
 文化祭では、女学校の卒業生と北高在校生との座談会も企画。松本さんは「戦争に向かう時代に、先輩がどんな表情で学校生活を送っていたのか。今と比較しながら見てもらえれば」と話している。

岐阜新聞社

最終更新:9月4日(日)10時39分

岐阜新聞Web