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MUCC 大粒の雨を吹き飛ばして始まったツアーファイナルが熱狂のなか終了

エキサイトミュージック 9月5日(月)23時0分配信

6月25日の日比谷野外大音楽堂を皮切りに、全国18ヶ所をまわったMUCCのツアー『MUCC TOUR 2016 GO TO 20TH ANNIVERSARY 孵化 -哀ア痛葬是朽鵬6極志球業シ終T-』。今までにリリースされた15枚のアルバムの頭文字を並べた今ツアーのタイトルは、20周年に向けての大きいプロジェクトが踏み出されたことを意味していた。

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このツアー直前にリリースされた「ハイデ」と、MUCCというバンドの原点が詰まった旧曲「家路」をテッパン曲としつつ、数曲の楽曲を軸に置きながらも、彼らは毎回のライブでセットリストを変えてこのツアーに挑んだ。

ボーカルの逹瑯、ベースのYUKKE、ドラムのSATOちは、毎回ライブの直前に、リーダーであるミヤから提示されるセットリストに組み込まれてくる旧曲たちと対面し、その都度必死に自らの過去と向き合って築き上げてきた。そういう意味でこのツアーは、集まったファンにとっても、彼ら自身にとっても、20周年という節目をより充実させるための、必要不可欠な時間となったと言えるだろう。まさしくそれは、互いに20周年をしっかりと確かめ合い、その特別な節目への想いをより強く意識させた時間となったに違いない。

実に、彼らがこのツアーで演奏した楽曲数は、ナント100曲を超えていたというから驚きだ。しかし、それでもすべて網羅できてはいないというのも驚き。一言に20周年と言うが、やはり、20周年という歴史は簡単に振り返れる時間ではなく、想像以上に深く長いものであることがわかる。

9月3日。大阪城野外音楽堂で行われたファイナルは、真正面から過去の自分たちと向き合いながら、この先も続いていく自分たちの未来に強い想いを掲げた、MUCCというバンドのプライドを見せつけられたライブとなった。

この日、大型の台風の接近により雨が堕ちるのが心配されていたのだが、不安定ながらもなんとか保ち、ライブの開始を待つばかりとなった。が、しかし、ライブが始まろうという5分前。黒々とした雨雲の隙間から、鮮やかな青空が覗いているにもかかわらず、大粒の雨が強く地面を叩き付けたのである。

何年か前の日比谷野外大音楽堂でのライブは、台風が直撃した中でライブを行ったこともあった彼ら故、集まったオーディエンスは、“やっぱり来たか?”“持ってるよね、MUCC”と口々に言い合いながらも、そんな過去の想い出ごと愛おしそうに、彼らを受け入れている様子だった。

しかし、SEの「ホムラウタ」が流れ、【哀ア痛葬是朽鵬6極志球業シ終T】と書かれた9本の戦旗がはためくステージに4人が姿を現すと、嘘のように大粒の雨は降るのを止めたのだ。これも演出か? と思うほどのタイミングにオーディエンスは驚きの声を上げた。

天気雨は幸せの前兆。さすがはMUCC。ファイナルにこんなドラマを起こすとは。雨を降らせた厚い雲が割け、そこから青い空が広がった。実に幸先の良いスタートである。

そこに投下されたのは「大嫌い」。YUKKEの野太いベース音から、救いようのない不の感情が渦を巻き客席へと流れ込んでいった。今から14年前に、シングルのカップリングとして発表された曲ながらも、いまだにライブのテッパン曲として君臨するこの曲を、この日、彼らは1曲目に選んでいたのだ。キャッチーでもなく、メロディアスでもなく、大衆性の欠片もない、どこまでも暗いこの曲からの始まりにこそ、このツアーの意味であるのだと言わんばかりのプライドを見せつけられた気がしてならなかった。彼らは、ここから間髪入れずに「娼婦」へと繋げた。この楽曲も今から16年前の旧曲であり、最近のライブでは「大嫌い」と共にアンコール曲として用いられることが多い楽曲なのだが、「大嫌い」と並べてド頭に持ってきていたこの流れにも、このツアーならではの意味を感じさせられた瞬間であった。

少し陰りを魅せた空に、照明が妖しげに反射し、いつも以上に熱っぽいパフォーマンスを魅せた「JOKER」や、9年前のリリース当時、この手放しに明るい楽曲を、人間のドロドロとした業を唄ってきたMUCCというバンドがシングルのリード曲に選んだことに驚いた「フライト」が、頬を撫でる風の中で実に清々しく響きわたっていたことに、野外ライブという特別を感じた。

思い返せば、「フライト」をシングルに選んだ2007年という年は、前にとことん重く暗いサウンド観とサビの広がりが印象的だった「リブラ」、後に4つ打ちを押出したダンスナンバーをMUCCという個性に同居させた新たな試みだった「ファズ」をシングルとしてリリースしていることから、大きくバンドの個性を広げた1年だったことがわかる。さらに、こうして時代をシャッフルして楽曲が届けられていくことによって、新たな冒険やチャレンジの中にも、やはり“彼ららしい”と思える揺ぎない個性を感じることが出来た発見もあった。

「ファズ」からの流れで届けられた「1979」の中で最高にクールに響くロカビリーも、「トリガー」の中で一際栄えるロカビリーフレーズに通ずる個性を感じた。MUCCの楽曲は、メインコンポーザーであるミヤの、作曲時期に興味のある音楽ジャンルがMUCCの世界観に流し込まれ、彼なりの消化でそれを実に上手くMUCCの個性に変えていくのが特徴的なのだが、ミヤは、単に“流行”としてそれらを加えるのではなく、しっかりと自らの個性に変えて共存させていくことから、こうして新旧の曲がランダムに並べられても、散漫な印象にならないのだ。この日、それをはっきりと感じたのは、「トリガー」と「ハニー」の流れだった。YUKKEの奏でるストイックなベースフレーズから、絶妙な繋がれ方で並べられて届けられた2曲は素晴しく印象的だった。

イントロで衝動的な叫び声を上げたミヤの熱がフロアの温度をさらに上昇させ、この曲のフックとなるインダストリアルな景色を刻んでいったYUKKEのベースと、力強く叩き付けられるスネアの音に心を強く突き動かされたSATOちの感情的なドラムと、もはや、唄という枠を越え、歌詞の中の感情の起伏を生々しく代弁していく逹瑯の恐ろしいほどの熱量を放った歌唱が、圧巻の景色を描いたこの日の「トリガー」は、このツアーでの彼らの成長を物語っていた。

激しく過激ながらもセンチメンタルであり、爆音ながらもメロディアス。時にそれは艶っぽく、時にスウィーティで、時にノスタルジック。聴き手の心の奥に刻まれて離れないサウンド観と、限られた言葉数の中で、実に上手く感情が表現されている歌詞は、MUCCというバンドが生み出す才能と言っても言い過ぎではないだろう。

そしてこの日、「ハイデ」と「CLASSIC」が並べて届けられた瞬間、20年という歴史があってこそ生まれた現在の景色と、MUCCというバンドの可能性を感じた。地元茨城・石岡で撮影されたミュージックビデオが郷愁感を抱かせる、優しくも激しいサウンドが印象的な「ハイデ」は、キャッチーで分かりやすい展開とメロディを持つ疾走感溢れる楽曲でありながら、実は、激しくて暗くて爆発力のある曲である「CLASSIC」と共に、20周年を迎える彼らを大きく後押しするに違いない。そう思った。

「いろんな時代の曲を演奏して、いろんな時代の夢烏と出逢えたこのツアーは、いろんな感情に揺さぶられたツアーでした。すごく辛かった時期とか、まったく楽しくなかった時期とか、楽しいだけでやってた時期とか、楽しくてしかたなかった時期とかを乗り越えてきて、今、20周年を目の前にしてるんですけど、このツアーの1番の収穫だなと思えたのは、MUCCっていうバンドを、改めて“好きだな”って思えるツアーになったなと思ってます。ありがとう」

逹瑯はライヴ中盤のMCでは珍しく素直な言葉でこのツアーを振り返り、アンコールでは、彼らしい言葉で、20周年へと繋げるMCを残した。

「本番の20周年、君たちの力を、悔しいけれども、誠に遺憾ではあるけれども、君たちの力を借りなければならない時があると思う。いや、たぶんいっぱい借りる。そのときは、快く手を差し伸べてください。日々、MUCCの曲に手を差し伸べてもらってるんだろうが! こういう時くらい返さんかい!」

そんな逹瑯の挑発にオーディエンスは精一杯の歓声を返し、ラストに置かれたライブのテッパン曲である2003年に発表された旧曲「蘭鋳」で、ツアーを締めくくった。

そして、ライブ終了後、20周年を告知する映像を流し、20周年にちなみ、20個の項目を提示した。中でも、孵化から羽化へと形を変える、2月から4月で行なわれる『MUCC 20TH ANNIVERSARY 97-17 羽化 -是朽鵬6極志球業シ終T翔殺-』と題された全国ツアーは、ぜひとも注目したいところである。

また、これと同時に、【MUCC 20TH ANNIVERSARY 97-17 "飛翔"】と題した特設サイトが立ち上げられたのだが、直後、アクセスが集中し一時的にサーバーが繋がらなくなるという自体が起こったと言う。

孵化から羽化へ、そして、完全体となって大空に飛び立とうとする彼らに期待したい。結成20周年という節目に、彼らはいったいどんな形で、その飛翔を私たちに魅せてくれることになるのだろう。
(取材・文/武市尚子)

最終更新:9月6日(火)22時45分

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