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【あの時・延長50回の死闘】(2)「まさか」が現実に…世界最長試合へ

スポーツ報知 9月5日(月)15時4分配信

▽全国高校軟式野球選手権・準決勝 中京3―0崇徳=延長50回=(2014年8月28~31日・兵庫、明石トーカロ)

【写真】試合会場だった明石トーカロ球場には、試合のスコアシートが記されたプレートが設置されている

 大きなチャンスは延長14回表、中京の攻撃時に訪れた。2死三塁、3番・小池翔也遊撃手(3年)がたたき付けるように打った打球はワンバウンドして石岡の頭上へ。決勝の適時内野安打かと思われたが、崇徳・石岡は利き腕の右手で打球をつかむと、そのまま一塁へ送球。間一髪でアウトに仕留めた。試合は延長15回を終えても0―0。翌日に16回から再開するサスペンデッドゲームとなった。

 2日目の朝、宿舎から球場へ向かうバスの車中、中京の平中亮太監督はナインとこんな会話を交わした。

 「まさか30回までいかんよな?」

 「そんなこと、あるわけないじゃないですか」

 そう笑いあっていたが、まさかが現実になった。そもそも軟式野球は硬式に比べて投球、打球ともスピードが遅く、長打が出にくいため得点が入りにくい。そこへ両投手が快投を繰り広げたことで、試合が動かなくなった。2日目も互いに決め手を欠き、無得点のまま30回が終了。中京ベンチでは、松井への申し訳なさから「点取れなくてゴメン。明日は取るから」と涙を流す部員もいた。

 延長31回から始まった3日目。崇徳に千載一遇のチャンスが訪れた。34回裏、初球に反応した先頭打者の6番・島川幸希三塁手(2年)の当たりは左翼超えの三塁打。一気にサヨナラムードが高まった。

 「正直、スリーベースを打たれた時に気持ちが折れかかった」と松井。なかなか石岡を攻略できない味方打線にいらだち、マウンドの土を蹴ったりベンチ裏で大声を上げたり、何度も感情を爆発させた。「そろそろ打ってくれてもいいやないか」。積み重なる疲労が心をむしばんだ。

 でも、試合を投げ出さなかった。「明日は点取るから」―。ナインの言葉をエースは信じた。次打者を三ゴロに打ち取ると、続く高瀬誠也(3年)はスリーバントスクイズ。中京バッテリーがこれを外すと、飛び出した三塁走者は球審と交錯しながら本塁へ突っ込んだが、スリーフィートラインオーバーでアウトと判定された。絶体絶命のピンチを切り抜けた。

 以降は双方チャンスもないまま45回が終了し、3日連続のサスペンデッドゲームに。1983年の全日本軟式野球大会決勝、ライト工業(東京)―田中病院(宮崎)の一戦で打ち立てられた延長45回の記録を上回り、「野球世界最長試合」になることが確定した。(種村 亮)=敬称略=

 ◆野球世界最長試合 これまで世界最長とされてきたのは、1983年の全日本軟式野球大会決勝戦、ライト工業(東京)―田中病院(宮崎)の延長45回。35回に両チームが1点ずつ入れ、45回表にライト工業が1死三塁から投ゴロ野選で決勝点を挙げた。ライト工業は2投手の継投だったが、田中病院は池内雄一郎投手が522球を投げきり完投。午前8時50分に始まった試合は、延長25回終了時に6分間休憩しただけで、午後5時15分まで8時間19分にわたって行われた。

最終更新:9月5日(月)15時31分

スポーツ報知

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昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。