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テニス全米オープン、特等席に座る意外な人

ウォール・ストリート・ジャーナル 9月5日(月)15時32分配信

 テニスの全米オープンが行われているスタジアムの中で一番いい席を確保しているのは、テニスについて何も知らないと話すマーク・シャラミタロさん(49)だ。

 シャラミタロさんはセンターコートがあるアーサー・アッシュ・スタジアムの最上階に陣取り、狭いながらも空調が完備された部屋から熱戦を見守る。部屋の巨大な窓からはコートの隅から隅までを見渡せ、これまでトップ・シード選手のノバク・ジョコビッチやセリーナ・ウィリアムズ、そして彼の妻が大好きだというラファエル・ナダルの試合を見てきた。その様子を写真や動画で撮って友達に送って自慢することもあるし、部屋にある小型冷蔵庫に入ったお菓子を食べながら観戦することもある。まさにテニス三昧の状況だ。

 ただし雨が降り出したら一転、彼はスタジアムの開閉式の屋根をすぐに操作しなければならない。

 「予報が少しでも悪ければ、ずっと天候に集中していないといけない」と話すシャラミタロさん。「緊張やストレスが次々と襲ってくるような感じだ」とも。

1億5000万ドルの開閉式屋根

 雨天のため何度も試合が延長になり、その結果、開催期間が3週間に及ぶこともあった全米オープン。しかし今年からはそれを阻止するため、3年と1億5000万ドルの費用をかけて新たな開閉式の屋根がセンターコート上に設置された。ナダル選手の2回戦が行われていた8月31日に雨が降り始めた際も、屋根は閉鎖。シャラミタロさんはすぐに屋根を動かし、5分35秒後に天井が閉まると試合は続行となった。

 「ナダルの試合の時に雨が降ってくるなんて驚いた。これ以上の場面は思いつかない。あの時は携帯電話が鳴りやまなかった」と彼はその時のことを興奮気味に振り返る。翌9月1日も天候は荒れ気味だったが、スタジアム内は雨の音が響いたものの、雨天に影響を受けることはなかった。

 スタジアムに設置された約6500トンの屋根全体は鉄鋼や破れにくい特殊な素材からできており、傘のように会場を覆っている。建物に直接乗っかっているわけではなく、少し浮いているような設計だ。雨天時に屋根となる2枚のパネルはそれぞれ500トンの重さで、閉まり始めると同時に空調が入るようにプログラムされている。パネルは4台のウインチで鋼線ロープを巻きあげることで移動する。

 この開閉式屋根デザインを手掛けたのが、シャラミタロさんがバイスプレジデントを務めるオハイオ州アライアンスのモーガン・キネティック・ストラクチャーズだ。シャラミタロさんは屋根を動かすウインチが特にお気に入りで、「確実に仕事をこなしてくれる最高の部品だよ」と話す。

 アーサー・アッシュ・スタジアムには合計2万3771の座席がある。去年の秋に会場を訪れる前、開閉式屋根の操作室は「放送席下部」のエリアに設置されるとシャラミタロさんは伝えられていた。名前を聞いた時は地下室のようなイメージが浮かび、大会期間中の2週間はその環境で仕事することを覚悟したという。しかし実際の操作室はラジオ放送局などが陣取るスタジアムの最上階に置かれた。

 「部屋の窓に近づきながら『本当に、ここを僕が使っていいのか?』と聞いた」と彼はその時のことを話している。

ほとんどの選手のことは知らない

 大会が始まって一週間、シャラミタロさんは選手たちの練習や試合を見つつ、余裕がある時は操作室を離れて空席があるスタンド上部で過ごすこともある。テニスについての知識もだいぶついてきたが、やはり技術職のほうががテニスよりも簡単そうだと彼は言う。

 ポロナ・ヘルコグ選手がめまいを訴えて第2シードのアンジェリック・ケルバー選手との対決を途中で棄権した試合も観戦。大会に参加しているほとんどの選手を知らないと話す彼は、「女子の試合を観戦してみたけど、どっちかが棄権して終わった」とその試合の感想を語っている。

 セントルイスで育ったシャラミタロさんは、クリス・エバート、ジョン・マッケンロー、そしてジミー・コナーズといった名テニス選手たちを見て育った。木製のラケットを使って近所の道路でテニスごっこをする時は、父親が道路に線を引いて移動可能なネットを設置してくれたという。

 「ウェインズ・ワールドという映画で、登場人物が路上でホッケーをするシーンがある。車が通るたびに『車!』と言って邪魔にならないようゴールを移動するんだ。まさにあんな感じだった」と彼は当時を振り返る。

 しかしテニスに対する思いはやがて薄れ、彼の関心は機械いじりに移っていく。最初は芝刈り機を直したり、エンジンについて勉強したりしていたが、やがて母親がテキサス・インスツルメンツ製のTI-99/4Aと呼ばれる16ビットのコンピューターを彼にプレゼント。「あれで人生が変わった」とシャラミタロさんは振り返る。

プログラミング界のフェデラー

 シャラミタロさんはニューヨークにあるハーデスティ&ハノーバーのチームとともにスタジアムの屋根を動かす仕組みやソフトを設計した。一緒に屋根の開閉作業番をする同僚は、シャラミタロさんを「工学とプログラミング界のロジャー・フェデラー」と呼ぶ。ハーデスティ&ハノーバーに務めるブライアン・ハミルさんも、シャラミタロさんを「天才」と呼ぶ一人だ。

 ハミルさんや彼の同僚のクレッグ・ジョンションさんは、シャラミタロさん以上にテニスに興味がないと話す。ジョンソンさんが遅番を担当した8月29日は、米国のマディソン・キーズ選手とアリソン・リスケ選手の試合が開催されていた。遅番は試合の終了まで待って屋根を閉鎖し、ロックをかけなければならない。その後ニュージャージー州の自宅まで運転しなければならないジョンソンさんは、試合が長引くにつれて不安になっていったと話す。

 「女子の試合も男子と同じように5セット制なのか、ウィキペディアで調べたよ」と話すジョンソンさん。結局試合が終わったのが午前1時48分で、その日ベッドに入れたのは朝の5時だったという。

 ハーデスティ&ハノーバーのバリー・キアングさんは屋根開閉チームの中ではテニスに詳しく、他のメンバーと比べたら「自分はテニスの天才だ」と本人も自負する。彼の場合はシフトから外れている日もスタジアムまで足を運び、試合を観戦しているという。

 ただしシャラミタロさんは「テニス好きばかりを集めたら誰も屋根の開閉作業に集中しない」との理由から、チームにテニス好きがあまりいない方がいいと分析している。

 アーサー・アッシュ・スタジアムの屋根は夜間の降雨を考慮して毎晩試合後に閉鎖される。翌朝9時30分に再び開けられるが、その際には担当者が安全装具をつけて東西の最上部まで登り、異常がないかを確認する作業がある。屋根開閉チームの全員がお天気アプリを頻繁に確認する毎日だ。

 ただしテニスを観戦するファンとは違い、シャラミタロさんはどこか雨を期待している部分もあると言う。「難しい状況に置かれるのが好きだし、システムがちゃんと作動しているところを見たい」と彼は話す。

式典では開閉に失敗するハプニングも

 8月に行われたメディア向けのイベントでは、開閉式の屋根にトラブルが発生した。往年の名選手ビリー・ジーン・キング氏が招待されて開閉ボタンを操作したところ、屋根が閉鎖した後に安全装置が作動し、再び開かなくなってしまったという。

 問題はその後簡単に解決したが、シャラミタロさんは本番に向けてそのミスが気になり続けていた。一般の観客の前で初めて屋根の開け閉めをしたのは、歌手のフィル・コリンズが出席したセレモニーでのこと。コリンズ氏が「夜の囁き」をステージで披露する時、シャラミタロさんは開閉チームのメンバーに集中するように注意を促した。「ボールになれ。ボールを感じろ、ボールになるんだ」(訳注:映画「キャディシャック」からのせりふ)と話しかけながら作業をしたところ、シャラミタロさんが「完璧だ!」と言うほど屋根はスムーズに動いたという。

 シャラミタロさんは全米オープン以外にも仕事を抱えているため、大会最終日の9月11日まで連日会場に足を運ぶわけではない。しかし男子と女子シングルスの決勝などで最も盛り上がりを見せる最後の3日間は、自らをシフト表に名前を書き込んだという。

 「責任者としていろいろと決められる立場だけど、自分のスケジュールもこうして決められるのはメリットだね」と彼は話している。

By TOM PERROTTA

最終更新:9月5日(月)15時32分

ウォール・ストリート・ジャーナル

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。