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日本軍慰安婦被害者のキル・ウォンオクさん、晩年の歌手デビュー

ハンギョレ新聞 9月5日(月)8時29分配信

「アリラン」など愛唱歌20曲を盛り込んだアルバム発売する予定

 「昔から歌手になりたいと思っていました。だけど、(日本軍「慰安婦」として連れていかれて)そんな機会には恵まれませんでした。今からでも夢を叶えられて、まるで空を飛んでいるようです。飛行機にでも乗った気分ですよ」

 日本軍「慰安婦」被害者ハルモニ(おばあさん)のキル・ウォンオクさん(88)が、ようやく「歌手」になる夢を叶えた。

 韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)は4日、キルさんが「恨多き大同江(テドンガン)」や「アリラン」、「涙に暮れた豆満江(トゥマンガン)」など、若い頃からよく歌ってきた曲や失郷民の心の痛みを歌った約20曲を盛り込んだアルバムの録音作業をしていることを明らかにした。キルさんは2~3カ月前から、アルバム作業を準備しており、今月2日から録音に入ったという。

 1928年に平壌(ピョンヤン)で生まれたキルさんは1940年、日本軍によって中国のハルビンにある慰安所に連れていかれたと証言した。この時、キルさんは13歳(数え年)だった。幼い頃から特別な声を持っており、歌うのが大好きで、歌手を夢見ていた少女は、戦争と植民支配の傷を負ったまま88歳になった。キルさんの人生を根底から揺るがした1940年のその日以来76年間、歌はハルモニの険しい人生を支えてくれた力であり、友達でもあった。「寂しい時、一人でよく歌っていました。歌は私の友達とでも言いましょうか。歌を歌っていると、辛いことも、暗い気持ちも忘れることができました」

 ユン・ミヒャン挺対協代表は「日本軍『慰安婦』被害者たちも、一人の人間であり、女性だった。それぞれの夢と才能を持っていたが、(日本軍に)連れて行かれた瞬間、その夢と才能もすべて奪われてしまった」として、「これ以上遅くなる前にハルモニが奪われた夢と才能を叶える手助けになればという趣旨」で、アルバムを準備することになったと話した。

 キルさんは声もよく、歌もうまかったため、数年前からアルバム製作を勧められたが、健康問題で見送ってきた。ところが、昨年からキルさんの健康が急激に悪化しており、これ以上遅くなる前にアルバムの製作に入ることになった。アルバムの製作は民衆歌謡作曲家のユン・ミンソク氏が担当し、アルバムは今年中に完成する予定だ。

 挺対協は、キルさんのアルバムが単なる歌を越えて歴史的証人としてハルモニの存在を記録するもので、日本軍「慰安婦」被害者としてだけではなく、それぞれの夢と可能性を持った個人として記憶しようという試みであると、その趣旨を明らかにした。ユン代表は「キルハルモニは私たちに、そして後世に、女性人権活動家であるだけでなく、歌手としても記憶されるだろう」と話した。

ホ・スン記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr)

最終更新:9月5日(月)8時29分

ハンギョレ新聞

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

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昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。