ここから本文です

悲しみこらえ 各地で慰霊祭

紀伊民報 9/5(月) 16:39配信

 2011年9月の台風12号豪雨で起きた紀伊半島大水害から4日で5年。和歌山県那智勝浦町や新宮市、田辺市で家族を失った人たちは、慰霊祭の会場や被災現場を訪ね、手を合わせて祈りをささげた。5年前と同じ日曜日。被災地には雨が降った。


●那智勝浦町

 町主催の慰霊祭は、被害の大きかった井関地区にある大水害記念公園であった。出席した遺族ら135人は、午後1時半のサイレンに合わせて黙とう。犠牲者の名前を刻んだ石碑に献花した。

 おい(当時15歳)が犠牲になり、1カ月後に父(同76歳)を亡くした遺族会代表の岩渕三千生さん(55)は「何年たっても心の傷は癒えない」と語り、雨が降る天候から「この涙雨は(亡くなった人たちの)『災害を忘れたらあかん』という魂のメッセージだと思う」と話した。全国で相次ぐ災害にも触れ、防災意識を高める必要性も訴えた。

●新宮市

 熊野川町田長にある道の駅瀞峡街道熊野川で市による献花式があった。遺族10人(6家族)ら計80人が集まった。

 当時88歳だった母を亡くした大前幸子さん(72)は「お母さんのおかげで元気に暮らしているよ、と思って手を合わせた」。父(当時85歳)を亡くした市職員の宇井淳さん(58)は「5年はあっという間だった。あんな災害は二度と起こらないようにと願っている」と語った。

●田辺市

 国による工事がいまも続く熊野(いや)地区。母(当時71歳)と祖母(同90歳)を亡くし、兄(同50歳)が法律上の死亡にあたる「失踪宣告」を受けた愛須東美子さん(53)=田辺市上秋津=は4日早朝、実家跡を訪ね、ビールや日本酒などを供えた。

 「ずっと、自分の気持ちと周囲の感覚とのずれを感じていた」。あの災害を軽んじる言動を見聞きする場面が何度もあり、心苦しい時期があったという愛須さん。だが、被災後に必要な手続きにめどが立ち、徐々に落ち着いてもきた。「気持ちを整理するのは大変だけれど、少しずつ前へ進んでいくと思う」と話す。

最終更新:9/5(月) 16:47

紀伊民報