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さよなら金沢市営総合プール 感謝の集い、58年の歴史に幕

北國新聞社 9月5日(月)2時38分配信

 58年間にわたり愛好家や競技者に利用されてきた金沢市営総合プール(富樫3丁目)の屋外プールで4日、最後の大会が行われ、歴史に幕を閉じた。大会後には「感謝の集い」が催され、園児から80代まで約100人が泳ぎ納めなどで、思い出の詰まったプールとの別れを惜しんだ。

 総合プールは1959(昭和34)年に供用を開始した。石川国体や全国高校総体、2度の日本マスターズなど全国大会の舞台にもなり、リオデジャネイロ五輪男子800メートルリレーで銅メダルを獲得した小堀勇気選手(能美市出身、金沢高OB)らも泳いだ。

 老朽化が進んだことや、来年4月に金沢市城北市民運動公園内に新しく金沢プールが完成することから、屋外プールでの大会開催は今年限りとなった。

 4日は、最後の公式戦として県高校新人水泳競技大会などが行われた。一般利用は8月末で終了していたが、金沢市水泳協会が、最後の一般開放の場として感謝の集いを企画した。

 50メートルプールを60秒で泳ぐ「思い出づくりレース」のほか、飛び込み、シンクロ、日本泳法の模範演技と体験が行われ、参加者が思い思いに泳ぎを楽しんだ。大橋美月さん(金沢市戸板小5年)は「水泳の練習で仲良くなった友達もいて楽しかった」と話した。

 特別な思い出を振り返る元競技者の姿もあった。同協会の松井健治副理事長(47)は85(昭和60)年、総合プールが会場となった高校総体の200メートル自由形で優勝を果たした。金沢市泉中時代には100メートルバタフライと200メートル個人メドレーで当時の県記録を更新した思い出もある。「うれしいことも苦しいことも覚えている。終わってしまうのはさみしい」としみじみと話した。

 松井さんの父正安さん(84)は市職員時代、総合プールの管理に携わった。昭和40~50年代には、夏の多い日で1日4千人が来場し、プールサイドが人で埋め尽くされたという。「笑顔で遊ぶ家族をみると、ほほえましい気持ちになった」と振り返った。

北國新聞社

最終更新:9月5日(月)2時38分

北國新聞社