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岐阜にアニメの「聖地」が続々と生まれている理由

ITmedia ビジネスオンライン 9月6日(火)7時28分配信

●スピン経済の歩き方:

 日本ではあまり馴染みがないが、海外では政治家や企業が自分に有利な情報操作を行うことを「スピンコントロール」と呼ぶ。企業戦略には実はこの「スピン」という視点が欠かすことができない。

【『聲の形』の舞台も岐阜県】

 「情報操作」というと日本ではネガティブなイメージが強いが、ビジネスにおいて自社の商品やサービスの優位性を顧客や社会に伝えるのは当然だ。裏を返せばヒットしている商品や成功している企業は「スピン」がうまく機能をしている、と言えるのかもしれない。

 そこで、本連載では私たちが普段何気なく接している経済情報、企業のプロモーション、PRにいったいどのような狙いがあり、緻密な戦略があるのかという「スピン」を紐解いていきたい。

 先週末、話題になっているというので映画『君の名は。』を見てきた。

 作品そのものは非常におもしろかった。ただ、中でも特に印象に残ったのは舞台になった飛騨(岐阜県)の風景だ。アニメの舞台となった土地をまわる「聖地巡礼」などまったく興味はなかったが、「紅葉の季節にちょっと行ってみようかな」と本気で考えてしまうほど美しかった。

 なんてことがあって家に帰ってネットを見たら、すでに実行されている方が多く現れているようで、以下のようなニュースが注目されていた。

 『「君の名は。」「聲の形」「ルドルフ」なぜか岐阜が舞台の映画が続々と…地元ファン「まさか"聖地"になるとは!」』(2016年9月4日 産経新聞)

 記事によると、『君の名は。』の舞台となった飛騨には既に「巡礼者」が押し寄せているほか、公開中の『ルドルフとイッパイアッテナ』も岐阜市を舞台に、9月に公開する『聲の形』も大垣市が舞台となっていることから、岐阜がアニメの「聖地」として注目を集めているというのだ。

 「この時期に集中して公開されるのは偶然」としながらも、過去には同県白川村をモデルにした『ひぐらしのなく頃に』や『氷菓』(高山市)、『僕らはみんな河合荘』(岐阜市)、『のうりん』(美濃加茂市)など近年、アニメ業界で岐阜の存在感が増していると分析。「聖地巡礼」ブームの火付け役とされる『らき☆すた』の埼玉や、『けいおん!』の聖地として多くのファンが訪れた滋賀を引き合いにだして、『今後、岐阜もこれらアニメ県の“強豪”に割って入ってくるかどうか』と結んでいる。

 なるほどなあ、と納得した一方で、ひっかかった箇所もある。確かに、この時期に岐阜を舞台にした作品の公開が続いたのは「偶然」かもしれない。しかし、アニメ業界で岐阜の存在感が増しているのは、「必然」のような気がするからだ。

 実は、岐阜県は20年以上前から「アニメ」「マンガ」を使って地域活性化を行ってきた。埼玉や滋賀に割って入るもなにも、ハナから「アニメ県の強豪」と言っても差し支えない存在だったのだ。

●「アニメ・マンガ推し」ができた理由

 発端は1995年、今回『君の名は。』でも舞台となった飛騨だ。過疎化が急速に進む宮川村(現・飛騨市宮川町)で、観光振興のために、4万冊の蔵書を誇るマンガ図書館などを併設した温泉施設「飛騨マンガ王国」の建国を宣言したのだ。当時の道下則明村長はこのように述べている。

 『現在の日本は「漫画時代」といっても過言ではないでしょう。それだけ人気がある漫画と、村の豊かな自然環境を絡めた村おこしができないかと思ったのです。それは目玉になる観光資源がないため、マイナスの要因をすべてプラスに転じる逆転の発想という漫画的な手法ではなかったかと自負しています』(1996年8月14日 読売新聞)

 「飛騨マンガ王国」は現在も人気の観光スポットとなっている。このような動きは、県内にも波及。1996年になると、「県マンガ文化研究会」が発足。大垣女子短期大学ではデザイン美術学科にマンガコースを新設。「マンガの神様」として知られる手塚治虫さんのアシスタントを務めた篠田英男さんを招き、次世代のクリエイター育成にも力を入れ始める。

 今ならば、「そんなのどこでもやってるよ」という程度の話かもしれないが、1995年といえば6年前に発生した宮崎勤事件の影響がいまだ尾を引いており、アニメ・マンガ愛好者は「オタク」という言葉でひとくくりにされ一部から偏見の目で見られていた冬の時代。「聖地巡礼」なんて概念も当然なく、宮川村は全国の自治体関係者から、「マンガで町おこしなんかできるか」と白眼視されていた。

 そんな時代にここまで県をあげて「アニメ・マンガ推し」ができたのは、絶対権力者の強い後ろ盾があった。当時の梶原拓県知事だ。

 梶原さんといえば4期16年間、岐阜県政の頂点に君臨し、札束を燃やして捨てるなどして大きな話題となった「岐阜県庁裏金問題」や、ハコモノで財政を悪化させたイメージも強いが、その一方で、東京一極集中を痛烈に批判し、地方の産業文化振興を推し進めたリーダーとしても知られている。

 その産業振興のひとつとして梶原さんが力を入れたのが、「アニメ・マンガ」だ。地元紙にその熱い思いを以下のように語っている。

 『以前から取り組んできたが、岐阜県をマンガ王国にしようという事業がある。アニメ文化が広げる潜在的な波及効果は将来的に大きく、県では大垣市のソフトピアジャパンに今後、映像産業誘致の研究会などを立ち上げ、本格的に県内の産業振興につなげるつもりだ。韓国などは国家政策としてアニメ産業を興そうと進めているのに、日本はまだマイナーな存在に置かれてしまっている』(2002年12月26日 岐阜新聞)

●しっかりと「聖地」を生み出している

 その後、岐阜県は産業育成のための「ぎふ次世代アニメ研究会」を設立。2007年には飛騨市で、世界16カ国・地域から115作品をコンテストする「飛騨国際メルヘンアニメ映像祭」を開催。各務原市では、日本のアニメ産業を盛り上げようと「アニメまつり」が開催されるようになった。

 いやいや、いくら「アニメ・マンガ=産業振興」という戦略を昔からやっていたからといっても、現代の「聖地巡礼」とはなんの関係ないでしょ、と思うかもしれないが、そんなことはない。

 実は1990年代、飛騨の白川村以外にも、「マンガ・アニメ」に活路を見出した自治体がいくつかあった。高知市、長野県上田市、埼玉県大宮市(現・さいたま市)、岡山県川上町(現・高梁市)、熊本県湯前町、北海道上湧別町(現・湧別町)だ。ここに白川村も加わった7自治体は、1996年に大阪で開かれた「今世紀最大のマンガ王国―日本漫画博覧会'96」というイベントに集い、「マンガまちおこしサミット」で意見交換もしている。

 「ふーん、だからなに?」と思うかもしれないが、この顔ぶれにピンとくる方も多いのではないか。

 高知市といえば、スタジオジブリの『海がきこえる』の舞台、上田市は『サマーウォーズ』の舞台として知られ、今も多くのファンが「聖地巡礼」を楽しんでいる。さいたま市は、『らき☆すた』『浦和の調ちゃん』をはじめ、『君の名は。』の新海誠監督の『ほしのこえ』にも登場しており、先のニュースでもあったように「マンガ県・埼玉」の中心的役割を担うエリアだ。また、岡山県高梁市は『愛・天地無用!』の舞台。熊本県球磨郡湯前町には「聖地」はないものの、隣接する人吉市をはじめ球磨郡全体が『夏目友人帳』の舞台のモデルとなったとされ、多くのファンが訪れている。

 つまり、20年前の「マンガまちおこしサミット」に出席した7自治体のうち6自治体がその後、アニメ作品の「聖地」を生み出し、しっかりと地域振興に結び付けているのだ。

●「聖地」が生まれやすい環境

 アニメ・マンガ文化に対して理解があるエリアでは当然、制作段階でのサポートが受けられる。プロモーションの予算もつきやすい。岡山県高梁市とほど近く、『天地無用!』の舞台となっている倉敷市は、2017年3月公開のアニメ『ひるね姫』の舞台ともなっている。先日、市は映画と連動した観光プロモーション費として3963万円を計上した。

 こういう政治的力学が働くのは岐阜も同じだ。他エリアよりも「聖地」が生まれやすいのは、容易に想像できよう。ただ、岐阜を舞台にしたアニメ作品が多く制作されているのは、もうひとつ大きな要素があると思っている。それは「人材」だ。

 9月に公開される『聲の形』の作者である大今良時さんは、作品の舞台となっている大垣市の出身。『氷菓』の原作は岐阜県出身の作家・米澤穂信さん。『僕らはみんな河合荘』も岐阜出身の女性マンガ家・宮原るりさん。『のうりん』の作者・白鳥士郎さんも岐阜県多治見市出身とされている。

 つまり、冒頭のニュースでいう『実は近年、深夜のテレビアニメを中心に、岐阜の存在感が高まっていた』というのは正確には、アニメ・マンガに関わるクリエーターたち中で「岐阜県出身者」の存在感が高まっていた、というべきなのだ。

 これが岐阜県の「アニメ・マンガを産業振興にしよう」としてきた戦略や人材育成などが結実したものなのかどうかは定かではない。「大手広告代理店が岐阜のPRのために、『岐阜アニメ』をゴリ推ししているに違いない」と疑心暗鬼になっている方もいるだろう。

 そのあたりはアニメ・マンガ業界に詳しい方にぜひ考察をしていただくとして、ここではっきりと言えるのは、尾道出身の大林宣彦監督が『尾道三部作』をつくったことで、尾道に「聖地」が定着したことと同様の動きが、岐阜県内で起きているということだ。

●石ノ森章太郎さんが遺した言葉

 手塚治虫さんと並んで日本のマンガ文化に多大な貢献を果たした石ノ森章太郎さんが生まれ育った宮城県登米市中田町に、「石ノ森章太郎ふるさと記念館」という施設がある。そこには記念碑があり、石ノ森さんが遺した以下の言葉が刻まれている。

 『町はひとりではおこせませんが人はひとりでもおこせます おこすとは興すであり熾すであり起すです 一人一人の魂の覚醒こそが町おこしの第一歩であり皆さんの役目であります』

 石ノ森さんの言うところの「一人一人の魂の覚醒」が、岐阜県出身のクリエーターたちに起きていると考えれば、ここにきて県内に「聖地」が増えていることの説明がつく。

 20年以上前、声高に叫ばれた「岐阜をアニメ・マンガ王国に」という戦略が長い時間を経ていよいよ大輪の華を――というのは、岐阜県のことをやや買いかぶりすぎだろうか。

●窪田順生氏のプロフィール:

 テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者、月刊誌編集者を経て現在はノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌へ寄稿する傍ら、報道対策アドバイザーとしても活動。これまで100件以上の広報コンサルティングやメディアトレーニング(取材対応トレーニング)を行う。

 著書は日本の政治や企業の広報戦略をテーマにした『スピンドクター "モミ消しのプロ"が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)など。『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)で第12回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。

最終更新:9月7日(水)17時42分

ITmedia ビジネスオンライン

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