ここから本文です

<リオパラ>病気経験生かす 帯同医の羽田さん(沼津出身)

@S[アットエス] by 静岡新聞 9月6日(火)17時28分配信

 リオデジャネイロ・パラリンピックで日本選手団に帯同する医療スタッフに、脚の病気で自由に歩けなかった経験を経て、障がい者スポーツ医になった医師がいる。筑波大病院リハビリテーション部の部長羽田康司さん(49)=沼津市出身=。体調管理では、障がいのある選手特有の悩みもあり「選手がベストな状態で力を発揮できるように支えたい」と気を引き締める。

 出場選手には、まひのある選手も多く、汗が出づらく体温がなかなか下がらなかったり、長時間の移動で褥瘡(じょくそう)(床ずれ)ができたりする選手も。専門医の支援が欠かせないのが特徴だ。

 羽田さんの原点は少年時代にさかのぼる。小学1年の夏、大腿骨(だいたいこつ)の頭の部分が変形する病気を発症。4年間松葉づえで過ごした。

 同じく病で不自由な学校生活を送る後輩と出会い「仲間」として親しむように。後輩は徐々に歩行が困難になる病で大学生の頃に他界した。羽田さんはスポーツ医への憧れもあったが、このつらい出来事からリハビリの道を選んだ。

 スポーツに関わるのを諦めかけていたところ、2012年のロンドン・パラリンピックで障がい者スポーツ医の資格の存在を知り、心が引かれた。さらに東日本大震災後「被災地の病院を助けたい」と岩手に移った知人の医師が「今やるべきだと思った」と語る姿に「後悔するのは嫌だ」と感じ資格を取得した。

 リオの大会では、医師3人と看護師2人で構成される選手団本部の医療スタッフのリーダーとして、選手やコーチなど200人を超える選手団の健康を支える。

静岡新聞社

最終更新:9月8日(木)18時6分

@S[アットエス] by 静岡新聞