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「育成のカープ」けん引する水本2軍監督 倉敷工高OBの元ブルペン捕手

山陽新聞デジタル 9/6(火) 8:10配信

 マジックナンバーは4。25年ぶりのリーグ優勝が、いよいよカウントダウンに入ったプロ野球・広島。Bクラスが常だった低迷期からチームを支えてきた岡山出身の男の存在は、あまり知られていない。今季から2軍で指揮を執る倉敷工高OBの水本勝己監督(47)。歴代の名選手たちに今も慕われる元ブルペン捕手は「育成のカープ」の先頭に立つ。

 1990年にドラフト外で入団も1軍出場のないままわずか2年で引退した。「異例中の異例でしょう」。選手としての実績のなさが「トラウマ」という水本監督はバッテリーコーチから昇格した自身の“サプライズ人事”をそう振り返る。

 「おまえの努力や人間性は認めるが、この世界じゃもう短いぞ。ブルペン(捕手)をやってみたらどうだ」。2年目のシーズン中に当時の故・三村敏之2軍監督から告げられた言葉が、その後の野球人生を決めた。まだ23歳だった。

 92年から15年、1軍のブルペン捕手を務めた。「現役中はずっと受けてもらっていた」と語る同期入団の佐々岡真司(現2軍投手コーチ)や北別府学、大野豊ら一時代を築いたエースたちから厚い信頼を寄せられた。「球質を見れば1軍で『投げられる』投手と1軍で『勝てる』投手の区別がつく。自分のもんにできたと言えるのは唯一、そこだけかな」。ブルペンに入った試合は優に2千を超える。分厚い左手は“勲章”だ。

 この間、実績の有無にかかわらず、良かれと思えば選手に苦言を呈した。若かりしころの黒田博樹や新井貴浩もそうだ。互いに意見を戦わせ、時にはけんかになることもあった。移籍を経て、再びカープに戻ってきたベテランの2人は、精神的支柱としてチームをけん引し、ファンから絶大な支持を集める。「あいつらが今、中心になってやっていることがうれしい」としみじみと語る。

 1軍でスポットライトを浴びる選手はほんの一握りしかいない。「競争から漏れたらクビ」というプロの厳しさを身を持って知っている。戦力外通告を受けたのは最後にカープが優勝した91年だった。

 山口県岩国市にある2軍の本拠地・由宇球場。若手に向ける視線は鋭くも優しさがにじむ。「1軍はお客を喜ばせ、夢を与えられる。この仕事の素晴らしさを教えてやりたい」。カープ一筋27年、真っ黒に日焼けした苦労人は、今日もグラウンドに立つ。

 水本勝己監督(みずもと・かつみ) 倉敷市出身。1986年夏の甲子園に出場。松下電器(現パナソニック)を経てテスト入団した。同期には佐々岡真司、前田智徳らがいる。92年に1軍のブルペン捕手となり、2007年からはバッテリーコーチなどを歴任。04年のアテネ五輪、08年の北京五輪では日本代表に帯同し、松坂大輔(現ソフトバンク)や田中将大(同ヤンキース)らの調整役を担った。

最終更新:9/6(火) 8:10

山陽新聞デジタル