ここから本文です

泉田・新潟県知事、突然の試合放棄のわけ

ニュースソクラ 9/6(火) 14:50配信

着々と築かれていた泉田包囲網

 10月の新潟県知事選で四選を目指すとしていた現職の泉田裕彦が突如出馬を撤回した。地元紙とのあつれきを翻意の理由に挙げているが、腑に落ちないとする声は多い。もっとも地元の首長からも反旗を翻され、孤立感を深めていたのは事実。東京電力の柏崎刈羽原子力発電所の再稼働に反対するなど、筋論で中央に抵抗した「泉田流」は今やエキセントリックにも映る。「変人知事」は四面楚歌で戦意を失い、さじを投げてしまった。

 8月24日県庁で行われた出馬撤回前の最後の知事記者会見は対決ムードが充満していた。知事が新潟日報に日本海横断フェリー問題をめぐる報道で「記事の速やかな訂正を求める」と発表。定例会見では異例の訂正要求に日報の記者が噛みついた。「当社としては綿密に取材を重ねた上で正確な事実を記事にしている。知事の主張はいずれも失当だ」

 県は新潟ーロシア航路の就航を目指す第三セクター「新潟国際海運」に出資したが、同社の子会社によるフェリーの買い取り契約が頓挫。事業が暗礁に乗り上げる中で、日報は知事の責任を追及している。これに対して知事は「船舶の売買に県は関与していない」と主張し、日報に「適正な報道」を迫る申し入れを繰り返してきた。応酬の末に泉田が出した答えが「このような環境の中では、十分に訴えを県民に届けることは難しい」という出馬撤回宣言だった。

 日報との確執に泉田を一撃で沈めるほどのインパクトがあったのか。フェリー問題に県民の関心は決して高くない。ただ、張り詰めいていた心の風船を割る「蜂の一刺し」にはなったかもしれない。県では法律で義務づけられている福祉計画を策定していなかった問題も浮上。泉田は自らの減給処分案を議会に上程し、可決された。市長会と町村町会は泉田県政を批判する報告をまとめ、知事に突きつけた。四選出馬表明に対する反応も前回選挙から一変。どの党も推薦要請を棚上げにしている。

 じわじわと包囲網が狭まる中、泉田は今年2人の後ろ盾を失う。一人は県庁内の調整を一手に担っていた副知事の森邦雄。入庁45年のベテランで生え抜き唯一の副知事として泉田を支えたが、今春勇退した。もう一人はこれまでの知事選で泉田を支持してきた自民党県連会長の星野伊佐夫。7月の参院選で自民党が擁立した候補が負けた責任をとって辞任した。

 泉田は53歳。新潟県加茂市で生まれ京都大学法学部を卒業後、1987年通商産業省(現経済産業省)に入省した。出向先の岐阜県で新産業労働局長を務めた後、2004年新潟県知事に初当選。当時42歳は全国の知事で最年少だった。中越、中越沖と相次いだ大地震への対応で名を馳せ、2、3回目の知事選はいずれも8割を超える得票率で圧勝した。

 東京にもの申す姿勢に地元は好意的だったが、県外からは反感も招いていた。北陸新幹線の建設工事では地元負担金の支払いを拒み、石川県知事の谷本正憲から「新潟県はノーマルでない行動に出ている」と評された。原子力規制委員会委員長の田中俊一は同委が策定した原子力災害対策指針を泉田が批判したことを受けて「かなり個性的な発言をしている」と不快感を示したこともあった。

 泉田にしてみれば新潟の利益を守ること、とりわけ原発立地自治体のトップとして東電に福島原発事故を徹底検証させることは当然だった。東電がメルトダウンの隠蔽を認めたのは泉田の追及があったからこそである。ただ、新潟県民はそこまで求めていたのだろうか。全国的な反原発の象徴的な存在として祭り上げられるうちに、地元に自分たちが置き去りにされているという不信感が芽生えていたとしても不思議ではない。

 昨年の今頃、県の関係者が陳情に訪ねた有力閣僚から「知事を代えてから来い」と言い放たれたという風説が流れた。裏付ける証拠はないが、このあたりから「泉田に任せていては中央に見放される」という空気が広がり始めたようだ。キャリア官僚とはいえ、次官級の経験者がゴロゴロいる知事たちの中で、泉田がとりわけ強いコネクションを持っているわけではない。理詰めで地方の声を伝えようとする態度を「霞ヶ関で出世できなかった恨みを晴らしているだけ」と切り捨てる暴論さえ聞こえる。

 今のところ知事選に立候補を表明しているのは長岡市長の森民夫ただ一人だ。森は長岡出身の67歳。東京大学工学部を卒業後、1975年建設省(現国土交通省)に入省した。1999年長岡市長に初当選し、現在は5期目。全国市長会の会長も務める。以前から知事候補に目された大物だが、泉田の多選を批判した割には新味がない。市町村長を巻き込んだ泉田批判は自らを立てるための出来レースだったようにもみえる。

 人口減などの影響で新潟経済の展望は決して明るくない。時代の変化に柔軟に対応し、地元に活力をもたらすニューリーダーが必要だ。新潟高校を出てNHKのキャスターなどを務めた大越健介らに待望論がある。ただ、有望な若者に今のキャリアを捨てさせる程の魅力が地方自治にあるのだろうか。有権者に誰もよく説明できないまま、泉田の試合放棄を引き起こしてしまった一連のゴタゴタが、地方への幻滅をさらに深刻なものにしてしまったら本当に残念だ。
(文中敬称略)

熱海 吾朗 (ジャーナリスト)

最終更新:9/6(火) 14:50

ニュースソクラ

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。