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変われない中国が、宋の首都でG20を開く意味

ニュースソクラ 9/6(火) 18:01配信

経済改革は民間主導の「宋」に学べ

 4日、5日とG20サミットを開く杭州は、隋の煬帝が掘らせた南北を結ぶ「大運河」の南の起点として古来、栄えた。南宋の首都(臨安と呼ばれた)になり、13世紀には世界最大の都市だった。

 中国では、西域まで支配が及んだ唐代(618―907年)に比べ、杭州が輝いた宋代(960―1279年)の評価は落ちる。契丹族の「遼」に毎年、大量の銀と絹を貢がされ、次いで女真族の「金」に華北を奪われ、首都を中原の開封から江南の杭州に移す(北宋から南宋に)。最後はモンゴル「元」に滅ぼされた。異民族に翻弄された宋史は、漢民族には恥なのだろう。

 だが、別の見方もある。英国の経済史家アンガス・マディソンの推計では、宋の1人当たりGDPは、同時代の西欧より高かった。羅針盤、印刷術、火薬も実用化され、英国の科学史家ジョセフ・ニーダムは、宋代に「中国の科学がその頂点に達した」と評価した。

 宋代の絵巻「清明上河図」は、開封の都城内外の賑わいを描く。夜間は外出禁止で市場も官の統制下にあった唐の都・長安と違い、商店が自由に営業し、酒楼の深夜営業も普通。民間が経済を引っ張った。

 杭州G20の課題は、沈滞する世界経済のてこ入れだが、実は議長国の中国自身が大きなリスク要因だ。IMFの見通しでは、今年の世界経済の成長は、4割近くを中国の成長に負う計算。その中国で、ゾンビ企業の淘汰が進まず、不良債権が増えている。

 リーマン危機後の4兆元の経済対策を通じ、国有企業や地方政府が過剰設備や不採算事業の山を生んだ。

 中国経済は、製造業主体の投資・輸出主導型から、サービス業主体の家計消費主導型への転換を目指す。同時に、官の関与が大きい「唐型」から、民間にまかせる「宋型」への転換も課題だ。

 とう小平が「改革開放」にカジを切って進んだ唐型から宋型への移行が足下で滞る。象徴が国有企業。朱鎔基首相が豪腕を振るったころは「国退民進」(国有企業のシェアを民間企業が食う)と言われたのが、いつの間にか「国進民退」に逆転し、米フォーチュン誌の「グローバル500」の中国企業は、ほとんどが国有だ。

 4年前、国務院発展研究センターが世界銀行とともにまとめたリポートは、国有企業は赤字企業の比率が高く、生産性の伸びは民間企業の3分の1で、官と癒着して保護・優遇されていると糾弾。役割見直し、特定分野での独占排除、民間の参入障壁の引き下げなど、市場経済化の徹底を求めていた。

 問題の所在が明らかなのに改革が進まないのは、政権内に、経済論理の貫徹を求める派と、政治的配慮を重視する立場の路線対立があるからか。後者は、ゾンビ国有企業の解体が大量の失業を生み、共産党批判が高まるのを恐れているのだろう。

 「社会主義市場経済」を提唱したのもとう小平だ。この社会主義とは中国共産党の一党独裁と同義だ。木に竹を接ぐような体制の矛盾が、臨界点に近づいたのか。とうの初期設定を、リセットできるだろうか。

■土谷 英夫(ジャーナリスト、元日経新聞論説副主幹)
1948年和歌山市生まれ。上智大学経済学部卒業。日本経済新聞社で編集委員、論説委員、論説副主幹、コラムニストなどを歴任。
著書に『1971年 市場化とネット化の紀元』(2014年/NTT出版)

最終更新:9/6(火) 18:01

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