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さようならSL…旧与野のシンボル 老朽化で解体「最後を見送って」

埼玉新聞 9/6(火) 10:30配信

 埼玉県さいたま市中央区の中央区役所東側に設置されているSL車両が解体、撤去される。解体工事が始まると危険防止のため覆いがかけられるため、雄姿が見られるのは今月半ばまで。市内外からは惜しむ声が上がっている。
 
■かぶとむし

 SLは旧与野市時代の1972年、当時の白鳥三郎市長や市議会が国鉄に働き掛け、国鉄東京鉄道局大宮工機部(現JR東日本大宮総合車両センター)で解体されるはずだった車両を借り受けて設置された。愛称はその黒い車体と雄々しい姿から「甲虫(かぶとむし)」と名付けられた。
 
 旧国鉄の技術者として33年間、大宮工機部に勤め、67年から旧与野市議を9期、合併後のさいたま市議を1期務めた嘉藤信雄さん(91)は「当時は各地で電化が進み、蒸気機関車は次々に引退して、みんな大宮の工場で解体されていた。この辺りは官舎もあって国鉄マンが大勢住んでいて、『SLを市のシンボルに』と、みんなが思っていた」と当時を懐かしそうに振り返る。「機関車が来て、与野市も一人前になった、そんな感じがしたね」。

■特徴的な旋回窓

 市役所東側に設置された車両は「蒸気機関車39685」。20(大正9)年に川崎造船所で製造され、主に貨物車として九州などで稼動し、71年まで北海道で働いていた。
 
 鉄道博物館の学芸員によると、運転台の円い「旋回窓」は、雪をはね飛ばして乗務員の視界を確保するためのもので、寒冷地で稼動していた車両ならではの特徴という。
 
 設置後は旧与野市内に住む国鉄OBの有志により、年に2回、ボランティアで清掃や整備が行われてきた。当時は市内全校の小学生が写生会で訪れ、運転席にも自由に入って見学できた。
 
■修復不可能

 しかし、96年ごろに旧国鉄OBの高齢化などで年2回の清掃と整備は終了。また、転落事故があったことなどから、2006年には機関車内部への立ち入りが禁止された。
 
 外観の傷みが目立つことから、昨年10月、市が専門機関に調査を依頼したところ、腐食・風化が激しく、最低限の安全策を講ずる修繕でも約5千万円の費用がかかる上、再び動くまでに修復することは不可能と判明。車体が乗るレール下の枕木も劣化し、地震による車体転覆の危険性があることが分かった。
 
 「私たちも何とか残したいとの思いだが...」。中央区総務課で保存方法を調査した担当者は無念の思いをにじませた。嘉藤さんも「あそこまで腐食すると厳しい」と理解を示しつつ、さびしさを漂わせた。
 
 解体工事が始まるのは今月中旬。部品は史料としてJR、鉄道博物館に保管される。市の担当者は「思い出の深い方は、ぜひ最後を見送ってほしい」と話している。

最終更新:9/6(火) 10:30

埼玉新聞