ここから本文です

<リオパラ>“三役”担う大舞台 車いすバスケ藤本選手

@S[アットエス] by 静岡新聞 9月7日(水)7時40分配信

 「日本の歴史を変えたい」-。7日開幕のリオデジャネイロ・パラリンピックに出場する車いすバスケットボール男子日本代表の藤本怜央選手(32)=SUS、島田市出身=は、強い使命感を胸に4年間を過ごしてきた。自身4度目となるひのき舞台はエース、キャプテン、日本選手団主将の三役を担う。

 サッカー少年だった島田神座小3年の時、自転車運転中にダンプカーと衝突して右膝下を失った。現場は両親から「危ないから行くな」と言われていた場所だった。「行ってしまった僕が悪いんだ」と何度も謝る息子の顔を父泰年さん(58)は忘れられない。

 手術翌日、ベッド横には義足メーカーのパンフレットが山積みに。泰年さんが必死にかき集めた。藤本選手は「『これを着ければ学校に行ける。サッカーもできるぞ』って言われて。自分が落ち込んでる暇はなかった」と振り返る。ゴールキーパーに転身した。家族が喜んでくれるのがうれしくてどんなことにも挑戦した。

    ◇

 島田北中時代はバスケ部、島田工業高では陸上の投てき選手として活躍。車いすバスケとの出合いは東北福祉大入学後だった。「車いすのスピードやシュート技術に衝撃を受けた。人生を懸けるものが見つかった」。それまで車いすを使ったことがなかったが、身長180センチを超える体が生きた。「手のひらは、いつも血豆だらけだった」(母千代乃さん)。1年後には日本選手権で得点王、その翌年にパラリンピック・アテネ大会代表に選ばれた。「自分はこれで頂点を目指す」と両親に誓ってから2年。猛スピードで国際舞台に駆け上がった。

    ◇

 今年5月の日本選手権で11年連続となる得点王を獲得。所属する宮城MAXを8連覇に導いた。2年前からはドイツの強豪クラブでもプレー。食生活を見直し、120キロの体重を90キロ台に落とした。「この4年間は『バスケを楽しむ』ことを少し休もうと思った。歴史を変えるために、『いかに苦しむか』を考えてきた」

 人気漫画家が車いすバスケを題材にしたことが追い風となり、競技を楽しむ健常者も増えている。「もっと車いすバスケを知ってほしい」。8日(日本時間9日)にトルコとの初戦に臨む。チームの目標は「6位以上」だが、藤本選手の視線の先にはメダルしかない。

静岡新聞社

最終更新:9月8日(木)18時6分

@S[アットエス] by 静岡新聞