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えっ、「介護」の言葉はこの会社から生まれたの? 生みの親に聞く

ITmedia ビジネスオンライン 9月7日(水)8時25分配信

 現在、多くのプールで「水泳帽子」の着用が義務付けられている。その水泳帽子を開発した会社をご存じだろうか。東京・両国に拠点を置く「フットマーク」という会社だ。

【1970年に発売した「介護おむつカバー」】

 創業当時は赤ちゃんのおむつカバーをつくっていたが、夏になると売り上げが落ち込んだので「なんとかしなければいけない」となった。「おむつの素材を使った水泳帽子をつくれるのではないか」と考え、商品化を進めた。まさに「おむつからおつむ」である。1969年に商品が完成し、ひとりの男が全国行脚。実際に、おむつをかぶって普及に務めたという。

 その後、徐々に売れ始めて、いまでは欠かせないモノに。プールという狭い場所に、新しい市場をつくったわけだが、それだけでは終わらない。スイムバッグもビート板も、フットマークが開発したのだ。

 「面白いモノをつくる会社だなあ」と思われたかもしれないが、この会社はもう1つ市場をつくっていたのだ。それは「介護おむつカバー」。驚くのはまだ早い。日常会話でごく当たり前に「介護」という言葉が使われているが、実はフットマークが生みの親である。

 「水泳帽子」「介護おむつカバー」など、これまでになかった商品を次々に開発し、市場をつくりあげてきたフットマークとはどのような会社なのか。「大きな会社なんでしょ」と想像されたかもしれないが、現在の従業員は60人ほど。水泳帽子や介護用のおむつカバーを開発した1970年前後は、もっと少なかった。

 前回、水泳帽子の売り込み方法を中心に話をうかがったが、今回は介護おむつカバーの開発秘話に迫っていく。同社の磯部成文会長に、当時の話を聞いたところ……。聞き手は、ITmedia ビジネスオンラインの土肥義則。

●介護おむつカバーを開発するきっかけ

土肥: フットマークはこれまで大きな市場を2つもつくられました。1つは「水泳帽子」、もう1つは「介護おむつカバー」。これまでになかったモノをつくって、現在では多くの人が利用されているわけですが、そもそもどういったきっかけで介護おむつカバーをつくろうと思ったのでしょうか?

磯部: 当社は1946年に創業したわけですが、当時の主力商品は赤ちゃん用のおむつカバーでした。

土肥: 赤ちゃん用のおむつカバーをつくっているので、「じゃあ、お年寄り用のおむつカバーでもつくろうか」となったわけですか?

磯部: いえ、そういうわけではありません。介護おむつカバーは1970年に開発しましたが、いまと違って当時は近所付き合いが密でした。例えば、醤油が切れていたら近所の家に行って「ちょっと貸してくれませんか?」と言っていました。気軽にそうした雰囲気が言える時代だったので、お互い家族のことをよく知っていたんですよね。親はこんな仕事をしていて、子どもはこんな学校に通っていて、といった感じで。

 ある日、近所に住んでいるお嫁さんがやって来ました。「磯部さんの会社は、赤ちゃん用のおむつカバーをつくっているんですよね。実はウチのおじいちゃん(義父)がおもらしをするようになったので、大きめのおむつカバーをつくっていただけないでしょうか?」といった依頼がありました。

 当時の家族構成は、3世代が一緒に住んでいるケースが多かったんですよね。そのお嫁さんは義父がおもらしをするようになったので、とても困っていました。しかし「大きめのおむつカバー」と言われても、私たちは意味がよく分かりませんでした。当時は見たことも触ったこともなかったので。ただ、赤ちゃん用のおむつカバーをつくっていたので、生地を縫うのは得意。言われた通りに、つくってみることに。型紙を大きくしてつくってみたところ、そのお嫁さんに「ありがとうございます!」と言っていただけました。

土肥: 近所に住んでいる人からの要望があって、介護おむつカバーが誕生したのですか?

磯部: はい。当時、赤ちゃん用のおむつカバーをつくっている会社はたくさんありました。でも、そのお嫁さんはウチの会社に声をかけてくれました。なぜか。先ほど申し上げた通り、その家族とは「醤油を貸していただけませんか?」と言える関係にあったからではないでしょうか? 何でも言える関係があったからこそ、この商品は誕生しました。いまの時代だったら、難しいでしょうね。ネットで「おむつをつくっている会社はどこか?」を検索して、上位にヒットした会社がつくっていたかもしれません。

●「断わる」選択肢はなかった

土肥: なるほど。「醤油を貸してくれませんか?」と言われれば、「はい、どうぞ」と渡すだけ。でも、赤ちゃん用のおむつカバーをつくっているからといって、「大きめのおむつカバーをつくってくれませんか?」と言われると、「面倒だなあ。時間もかかるし、断ろう」と思わなかったのですか?

磯部: そんなことは全く考えませんでした。例えば、引っ越し。いまは引っ越し業者があるので、そうした会社に作業をお願いすればいい。でも、昔は友人や近所の人にお願いしていたんですよね。それが当たり前だったんですよ。助けたり、助けられたり、といった“お互いさま”の文化が根付いていたので、「大きめのおむつカバーをつくってくれませんか?」と言われても、「断わる」という選択肢はなかったですね。理屈の問題ではありません。

土肥: ふむふむ。

磯部: いま振り返ってみると、そのお嫁さんは「大きめのおむつカバーをつくってくれませんか?」とお願いするのに、勇気がいったと思うんですよ。

土肥: どういう意味ですか? 醤油を貸し借りできる仲なんですよね。何でも言い合える、お互いさま文化があったはず。

磯部: それはそうなのですが、当時は「家族の人間がおもらしをする」ということを他人にはなかなか言えなかったのではないでしょうか。いまは行政や民間の会社がいろいろ支援してくれるので、介護に関してオープンな社会になりつつある。しかし、当時はクローズだったんですよね。「家族で体の不自由な人間がいる=恥ずかしいこと」といった雰囲気があったので、多くの人はそのことを隠していました。今が良くて、昔が悪かった、という話ではなくて、当時はそういう時代だったんですよね。おむつの話だけではなく、病気を患っていることを他人に話をする人は少なかった。

 そして、このようなことを考えました。「お嫁さんの義父が困っているということは、全国に同じような悩みを抱えている人が多いのでは」と。マーケティングがどうのこうのといった難しい話ではなくて、直感的にそう感じました。

●「介護」という言葉を商標登録

土肥: そこは興味深いですね。いまの時代だと、新商品を開発する前に、ターゲットはこういう人たちで、市場はこれくらいあって……といった感じで、あれこれ数字を調べて、「じゃあ、やってみよう」というケースが多いのに。

磯部: いまでは「要介護1の人は○○人」「要介護2の人は○○人」といった形で、全国に介護を必要としている人はどのくらいいるのかが分かります。でも、当時はありませんでした。正確な数字は分かりませんが、「近所におもらしで悩んでいる人がいるということは、全国にたくさんいるんじゃないか」という仮説を立てました。

土肥: なるほど。

磯部: 商品を発売することは決まったのですが、次にネーミングをどうするかに悩みました。「大きめのおむつカバー」という商品名ではよくないので、「病人用おむつカバー」にしました。しかし、よく考えてみると、おもらしをするって病気ではないですよね。あまりにもストレートな表現だったので、すぐに「大人用のおむつカバー」に変えました。

 しかし、当時「おむつカバー=赤ちゃん用」という認識が強かったので、「大人用」と聞いてもピンとくる人が少なかったんですよね。次に「医療用おむつカバー」にしました。でも、これもしっくりきませんでした。「うーん、どうしようか」と悩んでいるときに、ふとひらめいたんですよね。「介助」と「看護」から一文字ずと取って、商品名に「介護」という文字を入れてみてはどうかと。

土肥: それで「介護おむつカバー」が誕生したわけですか。

磯部: はい。病人用おむつカバーを発売してから10年が経った1980年に、「介護おむつカバー」というネーミングにしました。ただ、これもしっくりきませんでした。いまでは「介護」という言葉は当たり前のように使われていますが、当時は「難しい漢字だなあ」という印象がありました。書きづらいし、字画も多いし。商品名は「できるだけ短く、分かりやすく」することが重要だと思っていましたが、1984年に「介護」という言葉を商標登録しました。

土肥: 当時、赤ちゃん用のおむつカバーは存在していました。しかし、介護用のおむつカバーはなかった。どのように売っていったのでしょうか?

磯部: 「町内会におもらしで悩んでいる人がいれば、全国に同じ悩みを抱えている人がたくさんいるはず」と推測して、商品を発売したわけですが、当初はなかなか売れませんでした。問屋さんに営業をして回ったのですが、当時は介護商品のコーナーはありませんでした。仕方がないので、ベビー用品や肌着などの隣に置かせてもらうことに。

土肥: なぜ売れなかったのでしょうか?

●発売10年後、徐々に売れ始める

磯部: 「病人用おむつカバー」というゴム印をつくって、白い紙に黒いスタンプを押していました。商品は、透明のビニール袋に入れていただけ。「病人用おむつカバー」と書かれた商品をパッと見て「これはおもらしで悩んでいる人向けのモノか」と分かった人はほとんどいなかったのではないでしょうか。

土肥: では、なにがきっかけで売れ始めたのでしょうか?

磯部: 実は……それがよく分からないんですよ。テレビや新聞などに広告を打ったわけでもありませんし。

土肥: いつごろから売れ始めたのでしょうか?

磯部: 10年くらい経ってからですね。商品名を「介護おむつカバー」にしてから、徐々に売れ始めました。その後は、何度も商品を改良しました。最初に発売したモノはナイロンでできていたので、冬に着用すると「冷たい」と感じてしまう。それではいけないので、温かく感じられる素材に変更しました。また、最初のモノはウエストをひもで調整していたのですが、それでは使いにくいのでマジックテープにしました。さらに、金属のボタンが付いていたのですが、それもさびにくいモノに改良しました。このほかにもさまざまなモノを改良していきました。

 介護おむつカバーを発売してから40年近く経ちますが、まだまだ改良の余地は残っています。「この商品は完璧だ」と思ったら、そこで終わってしまう。「ちょっとでも、よくする」「なんとかする」という想いがなければ、商品ってよくならないと思っていますので。

土肥: 1984年に「介護」という言葉を商標登録されたわけですが、その後この言葉を使わせてほしいという会社が殺到したそうですね。

磯部: はい。保険会社の方が来られて、「自社で介護保険を考えていますので、『介護』という言葉を使ってもよいでしょうか?」と。このほかにも、たくさんの方が来られて「『介護』という言葉を使ってもいいですか?」と言われました。

土肥: で、どうされたのですか?

磯部: 「ご自由にどうぞ」と。

土肥: えっ、登録商標なので使用料をいただけるのでは?

●「市場」が生まれて複数の会社が競争する

磯部: 使用料をいただいていたら「お城」が建っていたかもしれません(笑)。それは冗談として、介護を必要とする人たちに向けて商品やサービスを提供している会社に対し、「当社が登録していますよ。独占していますよ」というスタンスは間違っているのではないでしょうか。

 もちろん、商標を取得したことで、当社は優位な立場に立つことができます。ただ、1社が独占することによって「良さと悪さ」があるのではないでしょうか。当社だけが「介護」という言葉を使っていたら、介護に関係する商品やサービスが広がっていなかったかもしれません。複数の会社が競い合うことによって、市場ってできていくものだと思うんですよ。例えば、自動車メーカーや家電メーカーはたくさんありますが、そうした企業が競争してきたことで、市場が活性化してきました。

 複数の企業が競争することで、市場が生まれる。市場が生まれたことによって複数の企業が競争する。これが健全な姿。当社が「介護」という言葉を独占的に使ったところで、実際に介護を必要とする人たちにとっては何のメリットもないですからね。そうであれば、私たちが独占すべきではないんです。

土肥: フットマークは水泳帽子や介護おむつカバーなど、これまでになかった商品を開発して、市場をつくってきました。当時、商品を開発しながら、商品を売りながら「オレたちが市場をつくっていくんだ」という意気込みがあったのでしょうか?

磯部: 全くないですね。これまでたくさんの商品をつくってきましたが、私ひとりで考えてつくった商品はひとつもありません。介護おむつカバーは近所のお嫁さんが自宅を訪ねて来てくださったから。水泳帽子は学校の先生、ご父兄、子どもたちからたくさんの意見をいただいたから。と同時に、時代背景があったので市場が生まれたのではないでしょうか。

土肥: これまで成功した商品を紹介してきましたが、失敗したモノもあるんですよね。

磯部: それはもうたくさん。アイデア段階で終わったモノ、試作品で終わったモノ、製品にならなかったモノを合わせると、実際に世の中に出たモノに比べて何十倍にもなるでしょう。

土肥: これからも新しいモノづくりは終わらない?

磯部: 終わりません。私の頭の中は「何かいい商品はないかな?」といったことばかり考えていますので。

(終わり)

最終更新:9月7日(水)8時25分

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